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告白:告白
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[3]
定時前になり、平助からLINEが入った。
やはり今日の夕飯は、平助が食べたいと言っていた蕎麦に決めたらしい。
作って貰っている身として、こればかりはさすがに文句を言えない。
真一は残りの仕事を終わらせながら、気分を蕎麦に変えていくことにつとめる。
そのおかげか、帰路についた時の真一は空腹感に襲われてた。
今日は風呂に入る前に夕飯が食べたい。
そう思い、平助が今朝渡してくれた傘をさしながら、足早に家へ向かう。
「……今日、蕎麦って言ってなかったか?」
目の前のテーブルに置かれた自分の分の茶碗を見て、真一は尋ねた。
どう見ても、これは蕎麦じゃない。麺類でもない。飯は飯でも、間違いなく、赤飯だ。
テーブルには赤飯の他に、味噌汁と焼いた塩鯖が並べられる。急にメニューを変えたからなのか、味噌汁はネギがたっぷり入っているものの、インスタントだ。即席感が否めない。
平助はといえば、鼻唄を歌いながら自分の分の赤飯を茶碗についでいる。今にも踊り出しそうな勢いで上機嫌だ。
そんな平助の様子を見ても、テーブルに並ぶ赤飯を見ても、何か良いことがあったに違いない。
しかしいったい何があった。就職でも決まったのか。
真一は蕎麦から赤飯に変わったことに対して、様々な仮説をたてていく。
こいつ、赤飯も作れたんだな。見るからに餅米ではないが。
スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外すと、真一はテーブルの椅子に座った。
「めでたいことがありました~」
「それはお前と赤飯を見れば分かる」
「じゃあ、当ててみて~」
「就職が決まった」
「ぶっぶー!はっずれ~」
向かい合ってテーブルについた平助は、両手で罰を作ってみせる。
いや、そんなにテンション高く否定することじゃないんだけどな。
こいつ、本当に求職者なんだろうかと、真一は首を傾げてしまう。
「え~、実はですね~……オレ、月のものが来まして……」
「よし、病院行くぞ」
「も~!じょーだんだってば~」
ノリ悪いなぁと平助はケラケラ笑いながら、立ち上がる真一を止めた。
エイプリルフールだとしても、そんな嘘に騙されるわけがない。
真一は平助の制止に従って再び椅子に腰を下ろすと、溜め息を溢す。
「で?何があったんだ?」
「え~っと、あのね、実はね~」
「いいから早く言え。腹減ってんだよ」
「も~っ!!真ちゃんってばせっかちさんなんだから~!ほらっ!これ!」
意味もなく焦らす平助に痺れを切らすと、平助は真一の目の前にズイッと自分のスマホ画面を差し出した。
あまりに顔に近かったため、画面がよく見えなかった真一は、平助の手からスマホを取ると、改めてその画面を見る。
平助の母親が写っていた。相変わらず若々しい。そして美人だ。その隣には、外国人の男が親しそうに、平助の母親に腕を回している。
「誰だこれ?」
「母ちゃん!」
「知ってるよ!隣の外国人」
「父ちゃん!」
「はっ!?」
真一はスマホ画面から平助に視線をうつした。
お前やっぱりハーフだったのか?と尋ねるよりも前に、平助はにんまりと笑いながら、「母ちゃん、アメリカ人と再婚したんだって~」と言う。
「紛らわしい言い方すんなよっ!」
「え?なんで怒ってんの~?」
自分の発言の紛らわしさに全く気付いていない平助に、真一は呆れながら投げるようにスマホを返した。
上手い具合にスマホをキャッチした平助は、投げられたことに対して文句を言う様子はなく、再び画面を嬉しそうに眺めだす。
「なーんか最近、アメリカによく行ってるな~って思ってたんだけどさぁ。こういうことだったとはね~。ビックリ~」
「それで赤飯?」
「めでたいことがあったら、お赤飯でしょ~?」
「そうだけどな」
お前はそれでいいのかと突っ込みたくなるが、しかしどこからどう見てもそれでいいのだろう平助に対し、その言葉は真一の口から出てこなかった。
母親が、自分の知らない男、しかも外国人と再婚して、こうもただ喜べるだけだろうか。
いや、この歳になれば親の再婚もたいしてナイーブな問題ではないのだろうか。
「まぁ、なんだ。良かったな」
取り合えず、真一は平助に祝福の言葉を渡す。それを聞いて、平助はスマホを見たまま嬉しそうに頷いた。
親の再婚がどう言うものなのか、真一には全く分からなかったが、平助が喜んでいるのだからそれでいいのだろう。
夕飯を前におあずけをくらっていた腹がとうとう文句を言い出したため、真一は食べるぞと平助に声をかけると、にやにやとしながらスマホを眺めていた平助も、「はーい」と返事をしてスマホをテーブルに置いた。
やはり見た目通り、赤飯は餅米ではなかった。しかし不味くない。
平助らしいといえば平助らしい。
即席の味噌汁も、具が物足りないが案外悪くない。
「オレにもハーフな弟か妹が出来るのかな~?」
「どうだろうな。出来るんじゃないか?」
「英語でお兄ちゃんってなんて言うんだろ?」
「呼び捨てだろ」
「それでも絶対かわい~よねぇ」
再婚しただけだというのに、まだ出来もしてない兄弟のことを想像しているのか、平助は顔が緩んだままもとに戻らない。
気が早いやつだ。
平助の母親が何歳なのかは知らないが、出来ない可能性というものは頭にないようだ。
「……お前、子ども好きだっけ?」
「分かんない。でも、かわい~なぁとは思うよ」
「へぇ」
「オレ、一人っ子だからさぁ。やっぱり兄弟に憧れてた時期っていうのがあるんだよね~。まさかこの歳でその夢が叶うとは、思わなんだ~」
「まだ再婚しただけだけどな」
真一が揚げ足をとると、平助は真一を見て「いーのっ!」と言い返した。
弟でも妹でも良い、兄弟が出来たら絶対に兄バカになると平助は一人で楽しそうに話す。
それを微笑ましく思わないこともない。
しかし、やはり真一は先ほど口にしなかった疑問が気になり、平助に投げ掛けた。
「俺には親の再婚がどんなもんなのか想像つかないかも、自分の母親が全く知らない男と結婚したっていうのに、複雑じゃないのか?」
真一の質問に、平助は「んー?」と少し考える素振りを見せた後、首を横に振る。
「全く心配じゃないって言ったら嘘になるけど~、でも母ちゃんが選んだ人なら良い人なのかな~って。ほら、オレもうアラサーだよ?母ちゃんの再婚に対してそんなナイーブになる年齢でもないじゃん?」
「まぁ、確かに」
「ね?だからただ純粋に、母ちゃんの再婚は嬉しいことなんだよ。母ちゃんもやっと、好きな人が出来たんだな~って」
アメリカに暮らすのかなぁと微笑む平助が、どこか遠い目をしたのに真一は気が付く。
そしてアメリカだったら、なかなか会えないよねぇと続ける表情は、微笑みながらも少しだけ寂しそうに見えたが、当然の反応だろうと敢えてそこには触れない。
「母ちゃん、仕事ばかりだったからなぁ。幸せになって欲しいよね~」
「そうだな」
相槌を打つ。
そこで、ふと、最近考えていることの1つが真一の頭に浮かんた。
聞くならこの流れに乗るのが自然だろうと、真一は再び平助に尋ねる。
「お前は?」
「なにが~?」
「お前の幸せって、何?」
平助の方を見ずに、素っ気なく尋ねたのは、思っていたよりもその質問を口にするのに緊張したからだ。それを悟られないよう、真一は塩鯖の欠片を赤飯に乗せ、一緒に口の中へ運ぶ。
平助が再び唸るのが聞こえた。
「え~?幸せかぁ。母ちゃんが幸せになることでしょ~?美奈子ちゃんが幸せになることでしょ~?」
「他人のことばかりだな」
「え?そうかな~?」
オレは今、十分幸せだしな~と、1つ1つ指を立て、自分にとっての幸せを挙げていく平助が溢した言葉を、真一は聞き逃さなかった。
心臓が、ドクンッと大きく跳ね上がる。
口の中に入れた塩鯖と赤飯は、既に飲み込めるほど噛み砕かれていたが、それでも上手く喉を通っていかない。
仕方なく、お茶で口の中の物を、無理やり胃に流し込む。
「……あのさ」
「なにー?」
「俺、この間からずっと考えてたことがあるんだけど……」
真一は箸を止め、平助を真っ直ぐ見た。
母が来た日から、ずっと考えていた。
考えていながらも、平助に話さなかったのは、平助にとっての幸せを自分なりに考えた結果、話さない方がいいと思ったからだ。
大切なのと、幸せが、イコールで繋がる方程式を見付けられなかった。
しかし今、それが繋がる可能性が示唆されたかもしれない。
真一は、緊張する。
そのせいか、先ほどまで和やかだった部屋の空気も、緊張感が漂いだす。
朝からずっと降り続いている雨は、やけにその雨脚を強めたような気がした。その音にかき消されないように、真一は口にする。
「俺、言おうと思うんだ、家族に。自分のことや、お前と付き合ってること」
緊張で揺れた視界でも、平助の顔から笑みが消えるのが分かった。
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