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家族:受付にて
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上着を着ても、十分に寒さが凌げない日々が続く。
雨が降る代わりに雪が降る、と表現するのは大袈裟だろうが、もうそんな季節になってしまった。始まったばかりの今年ももう、雪が数回降っている。そうでなくても、身をつんざくような寒さに冬眠したくなる勢いだ。吐く息が白いのだって、見慣れてしまえば意識することはない。
ここのところ、雪ではなく雨が降り続いた。それに伴って、寒さもグッと増したような気がするのは、天気予報のお姉さんが言っていたのだから気のせいではない。しかし今日は、久しぶりに青空が広がった。寒いには寒いのだが、青空が出るだけでその寒さを視覚的に和らげてくれるように思える。
そんなありがたい青空に向かって、肺に取り込んだ紫煙を吹きかけた羽田平助は、単純に良い日だと思った。
自分がこの世の女性の中で最も信頼する女性、足立美奈子の門出には、とても良い日だ。
[真人間になる方法]
「あらっ!もしかして平助くん?」
受付は開始してすぐにすませた。
まだちらほらとしか来ていない招待客だけではいったい何処で待っていたらいいのか分からず、1人迷っていた平助の名前を呼んだのは、50代ぐらいの留袖を着た小柄な女性だった。
留袖を着ていなくても顔を見ただけで分かる。美奈子の母親だ。
花嫁の母親が何故ここに居るのだろうと不思議に思いながらも、平助は「あ~、久しぶり~」と美奈子の母親に声をかける。
すっかり歳をとってしまったが、悪いことなど払拭してしまうような明るい声と活気ある笑い顔は今でも顕在のようだ。近寄ってくると、「久しぶりね~」と言いながら、平助の肩を叩く。痛くしようとは思っていないようだが、なかなかの力が入っており、平助の身体は叩かれる度に震動した。痛い、痛い。
「ご無沙汰してまーす」
「ほんっとよ、もー!あなたったら何にも連絡してこないんだからっ!」
「はぁ~、すみません……」
てへへという表現が適格な笑い方をしながら頭に手をやる平助に、美奈子の母親は大きな声で笑いながらまた数回その肩を叩いた。そして平助の姿を改めて上から下と眺めると、「相変わらず細いわね~。ちゃんと食べてるの?」と言った。
美奈子を柔和と表現するならば、美奈子の母は豪快だ。見た目は確かに似ているのだが、持っている迫力が違うとこうも似てないのかと思ってしまう。
悪い人ではないのだ。むしろとても良い人なのだ。他人の子どもである平助を、娘の幼なじみだからと暫く預かってくれるくらいには、優しく、そして懐が広く深い人なのだ。ただ力が強いというだけで。
「美奈子ちゃんママ、今日は本当におめでと~。晴れたし、美奈子ちゃんの門出にはぴったりの日だねぇ」
「そうねぇ、ありがとう。そういえば、あなたのお母さんも再婚したんだって?おめでとう」
「ありがとー、伝えとくねぇ。あと今日はせっかくの式なのに来れなくてごめんって~」
「あぁ、聞いてるわよ。しょうがないわよ、忙しい人なんだし」
気にしないでと、美奈子の母親は笑う。母の再婚を知っていることや、仕事で美奈子の結婚式に来れないことなどを知っているところから、どうやら母親同士、まだ交流が続いているようだ。良かったなと、平助は思う。
「美奈子ちゃんパパは?」
「それが聞いてよ!あの人ったらトイレに籠りっぱなしで出てこないんだから!」
「あ~……」
腹痛で出てこないわけではないのだろうと察する。美奈子の父親は厳しい人だが、娘の美奈子をえらく可愛がっていたからな。複雑なんだろう。
「元気にしてるなら、いいんだよ~」
「元気よ!あなたも元気にしてる?」
「そりゃも~、元気すぎてお仕事掛け持ちしちゃうぐらいには元気だよー」
「なに言ってんだか。ホストは辞めたんでしょ?」
「さすが美奈子ちゃんママ~。よく知ってるねぇ」
「あなたのお母さんから聞いたのよ」
母がそこまで美奈子の母親に話していることに、平助は少しだけ驚いた。ただ交流があるだけではなく、ずいぶん親しくしているようだ。友人など一人もいないような人だったのに。
すると美奈子の母親は、再び平助の姿を上から下まで見た。平助は首を傾げる。
「お母さんから聞いたけど、あなたまだ結婚してないって本当?」
「え~。母ちゃん、どこまでオレのこと話してんの~?」
「あらやだ!その見た目でまだ結婚してないの!?」
「見た目は関係ないでしょ~。美奈子ちゃんも結婚しちゃうんだし、オレは当分結婚しないよ~」
「えっ!うちの美奈子狙ってたの?それはごめんなさいねぇ」
美奈子の母親は大袈裟に驚いたようなふりをする。自分の娘の美奈子と平助が、幼なじみで親しくしているにも関わらず、交際もしたことがないを知っているため、その驚いた姿はわざとらしい。平助は「も~」と苦笑した。ノリがよくて困ってしまう。
美奈子には会った?と尋ねられ、平助は首を横に振る。会ってきなさいよと、すすめられている時に、こちらに向かって駆けてくるスーツ姿の男が視界に入った。
「親父まだトイレでぐずってんだけど!どうにかしてくれよ!」
焦った様子で美奈子の母親に駆け寄ってきたのは、平助とほぼ同い年ぐらいの男だ。その男の言葉に、美奈子の母親は「仕方がないわねぇ」と溜め息をつく。
見覚えのあるような、ないような男の顔に、平助は首を傾げた。しかし男は平助を見ると、「あっ!」という顔をして指をさしてくる。
「もしかして!!平助兄ちゃん!?」
「えっ!?」
「こら純也!!指ささないの!!」
「純也っ!?」
え?え?というように、平助は美奈子の母親と、近寄ってきた男の顔を交互に見る。確かに二人は似ている。美奈子よりも男の方が、美奈子の母親に似ていた。そして聞き覚えのある名前だ。しかし平助の記憶にあるその名前の男は、男ではなく、自分や美奈子の後ろをちょろちょろとついてきた引っ込み思案の男の子だ。父親を「親父」と呼ぶような子ではない。
「もしかして~、美奈子ちゃんの弟の、純くん?」
「そうだよ」
同じ顔が同時に縦に振られる。やはりそうだ。近付いてきた男は、美奈子の弟だ。
「わ~……大きくなったねぇ」
「なんだよそれ!」
素直な感想を言えば、美奈子の弟は母親そっくりに明るく笑った。どうやら成長することで、引っ込み思案はなくなったようだ。
「マジで平助兄ちゃんだ!相変わらず格好いいなっ!」
「純くんもカッコよくなっちゃって~。分かんなかったよ~」
最後に会ったのは、確か彼が中学に上がる前だったような気がする。成長とは凄いなと平助は感心しながら、その肩を叩くと、弟はへへっと照れ臭そうに笑った。あぁ、この顔は覚えている。お礼を言いなから頭を撫でると、よくこんな顔をしていた。変わってない所もある。
「そうだ、平助くん!うちの娘はお嫁に行っちゃうけど、うちの息子はまだ空いてるわよー!どうかしら?」
ひらめいた!とでもいうように、美奈子の母親は弟をつき出してくる。それまでの話を聞いていなかった弟は、何言ってるんだ?と、訳が分からない顔をしたため、平助は吹き出してしまった。
「美奈子ちゃんママ~。それはいくらなんでも無理矢理すぎるよ~」
「あらそう?いい案だと思ったのに~」
「何言ってるんだよ、二人とも。つーか、それどころじゃないんだって!親父なんとかしてくれっ!あれじゃ姉ちゃんバージンロード歩けないぞ!」
「あらあらそんなになの?も~、困った人なんだから!」
美奈子の母親は大きな溜め息をつくと、平助に「美奈子に会いに行ってあげて」とだけ残して弟と二人で去っていった。平助は二人に軽く手を振る。まるで台風一過だ。賑やかな家族だ。
そういえば、お世話になっていた時は、その賑やかさに疲れてよく美奈子の部屋に逃げていた。
良い人達だったのだが、一人っ子の自分としては、いつまでのその賑やかさに浸かっていることは出来なかったのだ。
それに対して美奈子は、大人しい子どもだった。
勉強机に向かって宿題をこなしていく美奈子の後ろ姿を、ベッドに寝転がりながら眺めていたことを思い出す。
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