アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
家族:披露宴
-
美奈子の家から帰った真一と平助は、それから平助の作った夕飯であるハンバーグを食べ、風呂に入ると二人でベッドに入り眠った。
次の日、会社の食堂で再びで食わした村田から、「顔色がいいな」と言われる。
爽やかに笑う村田に今度は真一が顔を寄せると、耳元で「おめでとう」と言った。何のことなのかはすぐに分かった村田は、照れくさそうにしながら「おう」と答える。
そして村田は、「横山は美奈子の元彼だと思ってたから、言い出せなかった」と謝ってきた。そんなの気にすることじゃないと真一が言い、その後はくだらない話をしながら昼飯を食べた。
それから平助とは、いつも通りの日を過ごす。
あんな話をしたのは夢か何かで、まるで何事もなかったかのように、日々は過ぎていった。
朝は二人で起きて朝食を食べ、真一が働いている間に平助は家のことをする。昼になれば夕飯は何がいいかと平助から連絡が入り、定時前には夕飯のメニューが送られてきた。真一が家に帰ってくると一緒に風呂に入り、平助の作った夕飯を食べた後は、寝るまで二人でだらける。そして二人でベッドに入った。
ふざけあい、笑う。キスをし、セックスをする。
「好きだ」と口にする。「好きだ」と言われる。
時折喧嘩もするようになったが、それは大概、数時間で決着がつき、次の日に持ち越すことはなかった。
暫くすると、平助はフリーターとなった。
最初は1個だったが、その内何個か掛け持ちをするようになった。理由を尋ねると、「何と無く」と返ってきた。どうやら気まぐれが顔を出したようだ。文句も言わずにせっせと働いているため、真一も特に何も言う気にはならなかった。
平助は夜の仕事を辞めた。
どうしてもと頼まれた時は、真一が帰ってくる前に出勤していたが、大抵は真一が働いている時間に働き、夕方になると帰ってくる。
それまで平助がしてくれていた家事は分担することとなったのだが、やはり料理は平助が作った方が美味しいと、料理担当は平助になった。その他は、真一の担当。手が空いてる時に、平助も手伝ってくれるものだから、不平不満はない。
休みが重なると、出来るだけ二人で出掛けるようになった。
意外にも、平助は動物園や植物園、水族館に連れていくと喜んだ。
生き物が好きなんだと、平助は言った。生き物の研究者になりたいと思ったこともあるが、如何せん活字嫌いがなおらず諦めたのだと話した。
そんな平助に、小学生が見そうなカラフルな生き物図鑑を買ってやると、嬉しそうに、子どものようにずっと眺めていた。愛読している雑誌よりも、そっちを眺めていることの方が多くなった(雑誌もただ写真を見ていただけだとか)。
「真ちゃんは子どもの頃、何が好きだったの?」と尋ねられ、一時期星に夢中になっていたことを話せば、平助は望遠鏡を買ってきた。
そしてその夜は、2人でベランダに座り、望遠鏡を覗いた。子どもの頃、少しの間だけ夢中になっていただけだったため、すぐに飽きてしまうかと思ったのだが、平助の買ってきた望遠鏡はいつでも覗けるようにとベランダの窓の近くに設置され、真一は帰宅するとまずそれを覗くのが日課となった。
出掛け先に、プラネタリウムが入ったのはいうまでもない。
それから平助は、小さな地球儀を買ってきた。
寝室にある真一の本棚が定位置となったのだが、平助は時折引っ張り出して来ては、クルクルとそれを回す。「アメリカ~」と指をさし、そして日本との距離を指やメジャーで測っていた。テレビで外国のことが放送されると、平助は必ず地球儀を持ってきて、その位置を確認する。真一がそれに付き合うと、いつか二人で世界旅行に行きたいねと真一に言った。
そんな中、美奈子から結婚式の招待状が届く。
届いた招待状をいつまでも無言で眺める平助に、真一が声をかけると平助はポツリと呟いた。「美奈子ちゃん、本当にお嫁さんになっちゃうんだねぇ」と。寂しいのかと尋ねれば、少しねと返ってくる。
美奈子ちゃんと自分は、本当は双子なんじゃないかと思う時があったと、平助は話した。そしてそれは違うかと訂正し、双子だったら良かったのにって思ってたと言い直す。「そしたらオレも、もっと美奈子ちゃんの家族に溶け込むことが出来たのかな」と。
「美奈子ちゃんの家族は賑やかで楽しかったけど、オレはやっぱり母ちゃんのこと大好きだったから。母ちゃんと、こんな家族になれたら良いのになぁって思ってた」と。
平助は、意外と『家族』に対する憧れが強いのだと、真一は思った。
結婚式の2日前、真一は平助に髪を切りにいくようすすめた。
日々の流れと共に伸びきった髪を後ろでまとめて過ごしていた平助だったが、黒とハニーブラウンの境目は耳の辺りまで来ていた。平助もこれじゃまずいと思っていたのか、美容院に行くことは渋らなかった。
「……じゃあ、行ってくるから」
「はーい、いってらっしゃーい」
「お前も髪切りに行けよ」
「わかってるって~」
キスをした後、平助に見送られ、部屋を出た。
その日の真一が普段より緊張していたのを、平助は知らない。
今になって、1つ1つの新しい発見をしながら、この当たり前に流れていく日々を真一は噛み締めていた。そしてこんな当たり前の日々を、これからもずっと続けていく方法を、考えていた。
あれからカミングアウトの話はしていない。平助も、真一に女性を紹介することはなかった。
敢えて触れないようにしているわけではなかったが、何と無く話題にのぼらない。平助はまだ真一を女性と結婚させたがっているのかどうかも、分からなかった。
§
美奈子は無事にバージンロードを歩くことが出来た。
それを真一と平助は隣同士に座りながら眺める。平助が手を握ってきたため、真一は振りほどかずにそれを握り返した。
隣にいる平助が、何を考え、何を思っているかは分からなかったが、自分よりもずっと長く美奈子と一緒にいたのだ。何も思わないわけがない。
披露宴は順調に進み、招待客がご歓談を楽しんでいる中、真一と平助は新郎新婦の元へ向かう。平助は美奈子に飛び付き、真一は村田の所へ行った。
「まさかお前がなぁ」
真一がそういうと、村田は照れくさそうに笑う。幸せそうだ。
「ずっと足立さん……じゃないのか、もう」
「美奈子でいいよ。そう呼んでるんだろ?」
「あぁ、悪いな。美奈子のこと狙ってたのか?」
「一目惚れに近かったんだよ。でも、急に素っ気なくなったから、諦めてたんだ」
「へぇ」
そんな村田はまさか、美奈子の方から誘いが来て、そして交際を申し込まれるとは思ってもみなかっただろう。
改めておめでとうと言い、シャンパンの入ったグラスを合わせる。それを飲むと、美奈子と2人で写真を撮っている平助を見ながら、村田は「あれが美奈子の幼なじみか?」と耳打ちしてきた。
「そうだよ」
「仲いいなぁ」
「まぁな、幼なじみっていっても、色々あるみたいだし。元彼ってわけでもないんだから、妬いてやるなよ」
「お前、やけに詳しいな。美奈子の幼なじみだろ?」
「美奈子の、幼なじみだよ。つまり、友達」
そう言って、残りのシャンパンを真一は飲み干す。村田が頭にクエッションマークを浮かべながら自分の横顔を見ているのは分かっていたが、敢えてそれには答えなかった。すると、すぐにひらめいたと、クエッションマークが電球に変わるのが分かる。
「えっ!おまっ、もしかして!付き合ってる奴ってまさかっ!」
「誰にも言うなよ」
「言わない言わない!うーわー、マジかよ……。こりゃうちの女性社員がたくさん泣くわ……」
「泣かしてるのはお前だろ」
村田が美奈子と結婚するという話は、別の部署で働く真一の耳にもすぐに届いた。それを女性職員だけでなく、男性職員の嘆く声とともに。村田と美奈子はそれほど人気があったのだと、真一は改めて実感したのだった。
村田は平助をまじまじと見た後で、真一を見ると耳打ちしてくる。
「……お前の彼氏、やけに顔整ってるな。イケメン」
「あー、まぁ、確かに」
「横山って面食いだったのか?」
「いっとくが、顔はタイプじゃない」
即答すると、村田は「贅沢だなっ!」と大笑いする。
その声で、平助がこっちを向いた。あんなにべったりくっついていた美奈子から離れると、すっと真一に近寄り村田から引き剥がす。
「すみませんけど~、半径2メートルまででお願いしま~す」
「平助……」
「あれ?俺、もしかしなくても敵視されてる?」
「悪いな村田。ちょっと色々あってな」
あからさまな平助の態度に困惑する村田に真一が謝る。
美奈子の方を見ると、こっちを見ながらクスクスと笑っていた。こいつがこうなったのも、お前の奥さんの仕業だよってことは、今度4人で会った時の笑い話にでもしようと、真一は思う。
すると今度は、平助が後ろから近寄ってきた男性に肩を捕まれ、そのまま綺麗にヘッドロックを決められる。「ぐえっ」と情けない声を出した。
モーニングを着ている上に、トイレで見た顔だと真一はすぐに分かる。美奈子の父親だ。すでに顔が赤くなっているのは、酒を飲みすぎたのか、それとも酒に弱いのか。笑っているが、笑顔が怖い。
「よー、平助ぇ。久しぶりだなぁ?」
「美奈子ちゃんパパ……痛い痛い痛い」
「花嫁の父親に挨拶もなしに花嫁と談笑してるなんて、いいご身分なんじゃあないか?」
「え、そんなマナーありましたっけ~?」
「いいからこっち来い!今日という今日は絶対逃がさんからな!!」
「えっ!!ヤダよ!!ヤダヤダヤダ!真ちゃん助けて~」
「挨拶しぶったお前が悪いんだろ。だから始まる前に行けって言ったのに……」
いくら喧嘩が強くても、いくら抵抗しても、あの細い身体じゃ美奈子の父親を振りほどけるわけがない。
ずるずると平助の身体は美奈子の父親に引きずられ、真一から離れていく。必死に助けを求めるように真一に伸ばされた平助の腕に対して、真一はただ手を振って見送った。そんな流れを見ていたらしい招待客から、わっと笑い声が上がる。村田も美奈子もおかしそうに笑いながら親族席まで引きずられていった平助を眺めていた。
村田は真一にしか聞こえない声で、お前の彼氏凄いなと言ってくる。
「俺、そういうの偏見ないからな。絶対誰にも言わないから安心しろ」
「うん、信用してるよ村田のことは」
「今度2人で俺達の家に来いよ。横山達とは会社だけじゃなく、今後も付き合っていきたいんだ。4人で外食とか、キャンプもいいな」
「ありがとな」
村田に笑いかけると、村田も笑った。良い奴だ。そして真一の肩を叩きながら、再び真一だけに聞こえる声で言う。「行くのか?」と。真一が頷くと、村田は力強く頷いた。「お前らなら大丈夫だ」と。
「美奈子、おめでとう」
「ありがとう」
「幸せか?」
「平助くんにも聞かれた。幸せよ、すごく」
ようやく美奈子に挨拶をすると、美奈子はいつもよりも満たされた顔で微笑んだ。
「すごく、綺麗だ」
「ありがとう」
「おめでとう。末長く幸せにな」
「うん、ありがとう。真一くんと平助くんもね」
「ありがとう」
男が新婦側に長居するものではないかと、真一はそれだけを話して美奈子の元を去る。
彼女には本当に迷惑をかけた。もう美奈子には足を向けて眠れない。
自分の席に戻ると、待ってましたといわんばかりに新郎新婦の元へ他の招待客が駆け寄った。こうして改めてみると、美奈子と村田は本当にお似合いのカップルだった。祝福される2人を眺めながら、真一は思う。
これが正しい形だ。しかし、これだけが正しい形じゃない。
そう思いながら、胸ポケットにしまってあった、白い封筒を確認する。
ほどなくして、フラフラになった平助が隣に戻ってきた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
27 / 41