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ウォルトンズ
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当然そこは、浅黄が今まで入ろうと考えたこともない店だった。
彼はメニューを渡されても、どこを見ればいいのかさえ分からなかった。
とりあえず、最後のページまでめくり終わると、綾倉氏の顔を見た。
「何でも好きなものを食べなさい」
綾倉氏はそう言ったが、実際はそうさせてくれなかった。
なぜなら、彼が頼もうとしたのは、
「メニューに載ってるかどうかわからないけど、ハンバーグとコーヒー」で、
綾倉氏はそれらを認めなかったからだ。
「何を頼んでいいのかわからない」
「それじゃあ、私が決めてしまって構わないかな」
浅黄はうなずいた。
彼の様子を見て、綾倉氏は微笑んだ。
浅黄は自分の無知を隠すために、
謙虚な人間を装って「あなたと同じものを」と言うような俗物ではない。
逆に、「こんな店に入ったことないから」と言って、
下品な照れ笑いと共に開き直るような下等人物でもない。
「あなたが選んでください」というようなへつらいも、媚びもない。
浅黄は自分に正直な人間であり、綾倉氏はそういう人間が好きだった。
浅黄は無口だった。話しかけても、会話が続かない。
気が付くと、二人の会話のように、浅黄の食事も進んでいなかった。
「口に合わなかったかな」
口に合わないわけではなかった。初めて食べるようなものばかりで、皆おいしかった。
ただ、気がかりなことがあるだけだ。思い切って聞いてみた。
「フレッチャー社はなくなるんですか」
「なくなったら困るかい?」
「はい」
彼には次の仕事が簡単に見つかるとは思わなかった。
「君がそういうなら、残そうかな。
あそこではどんな仕事をしてるんだい?」
「ただの事務です」
「君の能力が生かせるような面白い仕事があるんだが、
どうだい、やってみないかい?
給料も、今より、ずっといいはずだ」
浅黄は、綾倉氏をちらっと見たきり、何も言わなかった。
綾倉氏は、ほんの少し当惑し、思案した。
心の壁は厚く、口は鉛のように重く、警戒心は塀のごとく高い。
レストランを出ると、綾倉氏はタクシーを拾い、先に乗った。
彼は、浅黄が後に続かないのを見ると、「乗りなさい」と言ったが、
浅黄は数歩後ずさりすると、足早に地下鉄の駅へと姿を消してしまった。
翌日、綾倉氏は、最初の来客が引き取ると、部屋を出ようとする藤原を引き留めた。
「フレッチャー社のことなんだが、しばらく様子を見ることにした。
ただ、思い切ったリストラが必要だ。
雑用しかしない無駄な事務員はどんどんやめさせろ」
藤原は浅黄を思い出した。
綾倉氏の言うリストラを実施すれば、間違いなく彼は失業するだろう。
藤原はそう言った。
「そうだな。彼が少し困った状況に陥って、私を頼りにしてくれたらと思ってる。
そんなことは起こらないかな?」
綾倉氏は意味ありげに笑った。
「きっと、そういうことになるでしょう」
藤原は、フレッチャー社に、リストラを条件に同社の存続が決定したことを伝えた。
木村はしつこいくらい、何度も、藤原に礼を言った。
「礼を言う相手が違う」
「綾倉様によろしくお伝えください」
藤原は伝えることを約束したが、彼はもちろん、浅黄のことを言っていた。
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