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重荷
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菊嘉は、その店で予約していた品を受け取ると、女性店員の明るい声に見送られる。限られた日本の滞在時間、日本限定のデザインである為、本日受け取りにしてあった。自分の誕生日を来月に控え、これから先の事を考えた時に、誓いを目に見える形にしたかったのだ。
「もう必要ないのにな、」
ため息は意識しないでも出てくる。寝不足とギリギリの精神状態で、実は頼んでいた事さえ忘れていて、昨晩、兄とその恋人に会う約束を思い出したついでに記憶が浮上し、キャンセルする間もなかった品だ。
どうするか…、と白い小箱を見て迷いながら歩く。本来なら、このサプライズプレゼントを待つ相手がホテルに居る筈だった。
「あ、」
ふと、目に付いた洋菓子店に立ち寄り、無意識のうちに二つ買い求めた。兄の好物でもある手土産だが、同じ物を二つも渡すのはおかしな話なのにもかかわらずだ。
タクシーを止めて乗り込む。迷い、そのまま兄の所へは向かわずに、行き先を滞在中のホテルにする。
兄の樹雨と秋吉は、食のアレルギーも好みもそっくりだ。環境が影響するところは大きい、菊嘉は兄が育ての親に似るのを不思議とは思わなかった。それほど、菊嘉とは違う意味で秋吉を好いている。兄に、彼の失踪をどう伝えればいいのか。もしかしたら、兄は行方を知っているのかもしれない。期待と不安が混沌とし、考えはまとまらず鮮明さを欠く。その繰り返しで、今日になった。いつの間に、こんなに臆病者になっていたのか。
「僕はこんなにも馬鹿だったのか。」
口の中で呟く。二人の事を思いながら、洋菓子店の袋の中身を自分で消化するか、それとも捨てるか考える。もう一つの、同じく処理に困っている小箱を上着のポケットから取り出して撫でた。
ホテルの前でタクシーを降り、回転ドアを潜った先の広いロビーからエレベーターへ足を向けると、秘書が前方から歩いて来るのに気付いた。彼は笑顔で何事かを語り、返事をする恋人の肩を抱き寄せた。その幸せそうな雰囲気が、菊嘉の不安を苛立ちに変える。
「アルバーニ、これをやる。この前の美味いハンバーガーの礼だ。」
感謝の意とは程遠い仏頂面で、先日食べ損なった昼食の件を蒸し返して袋を差し出す。嫌味と受け止め、アルバーニの眉と顎が上がった。
「唐突に何ですか。今日は午後から、どこかに出掛ける予定だったのでは?」
語調が険しい。険悪な様子を感じてか、日本語が分からない少年は一歩引き、二人のやり取りを黙って見ている。
「今から出るところだ。これはアップルパイだ、気に入らないなら捨ててくれ。」
押し付けられた袋を手にして、アルバーニはちらりと恋人を見た。
『アップルパイは好き?これから食事に行くし、要らないならボスに返すけど。』
少年は返事に迷い、アルバーニの顔を控え目に見る。
『…上司なんだろ。断るのはまずいんじゃない。』
長い睫毛を伏せて小さく答えた。そんな仕草が秋吉を想わせる。
『そう。君がそう言うなら、これはフロントに預けて行こうか。ボス、有難うございます。』
形ばかりの礼を述べ、アルバーニがネーヴェを促して歩き出す。擦れ違いざまに菊嘉は自分の薬指から外したそれを、少年のジーンズの後ろポケットへ落とし込んだ。何故そんな事をしようと思ったのか、明確に説明は出来ない。強いて言うなら、このカップルの仲に一石を投じてみたくなったのかもしれない。
八つ当たり。それが、今の気分にしっくりくる。二人に背を向け、もはや用のないエレベーターの空間へ逃げる様に乗り込む。
「何してるんだか、」
自分が理解出来ない。手土産の袋を腕に通し、ポケットから小箱を取り出す。残された片割れを見詰めた。雪の結晶を模ったプラチナの輝きは美しいが、自分の薬指にはサイズが小さく合わない。首に下げていたネックレスを外し、指輪を通すと再び身に付け服の下へ入れる。
エレベーターが指定した階数で停まり、菊嘉は降りずに一階を指定した。どこか重荷に感じていたアップルパイも自分の指輪も手放し、プレゼントを渡す相手も居ない部屋へ向かう理由など何も無かった。
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