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ハグ
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『ねえ、ルーカ。電車に乗ってみたい。』
そう強請られ、アルバーニはネーヴェと共にホテルの最寄駅に居た。外食する為の移動の筈だが、行く先もまだ決めていない。アルバーニとしては、お勧めの店を案内し完璧なエスコートをしたいのだが、恋人はそれを嫌がった。
『別に観光地に行きたい訳じゃないんだ。高級な料理にも興味ない。たださ、知らない土地で目的も無くぶらぶらして、目に付いた料理屋に入ってみたい。』
そう言われ、自分の主義を曲げた。ネーヴェはこの駅で降りようと案内板を適当に指差し、切符をアルバーニの支払いで購入すると楽しそうに駅の構内を見渡す。たまにじろじろと、側を通る日本人から不躾な視線を向けられても平気そうな様子だ。
『ルーカはこの辺詳しい?』
『いいや、いつも移動はタクシーだし。ボスと一緒に、仕事場とホテルの往復くらいしかしてないからね。』
『ふうん。案外真面目なんだ。誰かとデートしてなかったの?』
ネーヴェは屈託無くアルバーニの隣で笑顔を見せる。到着した混んだ電車に乗り込み、扉近くに立った。
天然の淡い金髪は目立つ。しかも、碧眼の白肌美人だ。アルバーニも髪色こそ黒くしているものの、高身長故に彫りの深い顔立ちが抜き出ており、周囲の目を惹く事に変わりはなく、二人は異彩を放っていた。一見して彼らは仲の良い外国人の二人組であり、年齢差や外見の違いが見る者の好奇心を掻き立てる。
『随分混んでるけど、大丈夫?』
揺れから少年をかばう様に前に立ち、吊り革を持ったアルバーニが背中を支え耳元で囁く。
『分かってるだろうけど、逃亡しようなんて考えない様にね。』
優しい声音で忠告する。
『そんなに心配しなくても逃げないよ。』
背中を抱かれたまま大人しく、その肩に頭を預ける。周囲が二人の間に愛を感じても、それはただの幻想に過ぎなかった。
「いらっしゃーい、菊ちゃん!」
玄関先、笑顔で腕を前へ広げハグを要求する樹雨へデコピンを食らわせ、菊嘉はその後ろに立つ風太へ手を差し出す。
「初めまして、弟の菊嘉です。兄が大変ご迷惑をおかけしていると存じます。申し訳ない。」
「あ、はい。初めまして、宇野風太です。」
風太はしどろもどろに頷き、慣れない仕草でその手を握る。英語で話しかけられたらどうしようなどと杞憂していたが、冷静に考えれば相手は日本人で一度電話で話してもいた。妙な眼力こそあるが、Tシャツに軽い素材のオープンジャケットを合わせた黒パンツ姿の少年に、少し緊張がほぐれる。手を解くと、室内へ案内した。
「もー、ひどいよぅ。」
額をさすりながら後を追い文句を言うのを無視し、弟は狭い室内を見渡した。風太がお茶の用意をし始めるのを確認して、不満げな兄へ手土産を渡す。
「これ、買って来た。」
すんすんと、鼻を動かして笑顔になる。
「やった!アップルパイ!嬉しい。」
紙袋を抱えるその体を、今度こそ腕を広げて軽くハグする。
「髪、切ったんだな。」
「うん。ごめんね、長いのが好きって言ってたのに。」
菊嘉は兄を抱き締めたまま首を振り、
「いいんだ。髪型くらい好きにしろよ。…それに、謝るべきなのは僕の方。」
樹雨は弟の珍しく沈んだ声に、抱き締められたまま首を傾げた。
「なあに、どうしたの?」
「秋吉が出て行った。行方は分からない。」
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