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家路
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菊嘉はアルバーニへ水曜日までの休暇をメールし、その間別荘へ滞在した。例のファイルを最後まで読み、他に資料がないか広い本棚中を探したが、関連するものは存在しなかった。しかし、何の裏付けがなくとも何故か、そのファイルの内容を疑う気がしない。
狼男の血の秘密と、樹雨の出自も明らかとなった。レイニーは樹雨が五才の時に亡くなり、それからは主に樹雨と雪の事を綴ってあるが、後ろのページあたりは字も乱れ、日にちの間隔も開いている。原因は菊善自身の病による体調の悪化であり、この別荘を訪れ三人で写真を撮った夏、菊善はこの地で亡くなっている。
「そして僕は、」
手に入れたのは、樹雨と雪の秘密だけではない。このファイルの最後のページは、雪の筆記によるものだった。
首に下げていたネックレスを取り出し、輝く銀の指輪へキスする。
「今、迎えに行く。」
風太はいつもの様に出社し残業を終えると、なるべく早く帰宅する為に、近道である人通りの少なく暗い家路を急ぐ。何故なら、留守番をしている奴の事が気になるからだ。絶対に外出しないよう、それだけはしっかり約束しているが気が急いてしまう。
半獣になってから四日、まだ樹雨は元に戻らない。しかも慣れない家事をやりたがり、風太に余計な負担をかけてくる。今朝の朝食を思い出す。一緒に用意したのは焼いた食パンと、牛乳。それから、樹雨が切った不揃いキャベツにプチトマトを添えたサラダ。基本、味は薄い。樹雨は味覚が鋭く、調味料は必要ないからだ。しかし甘い物は別らしく、樹雨はイチゴジャムを塗ったパンを美味しそうに食べていた。風太は自分の分だけ野菜にドレッシングをかけ、パンにバターを塗り、ついでに樹雨の口元についたイチゴジャムをティッシュで拭いた。そして、後片付け時に樹雨が割ったコーヒーカップも処理する慌しさだった。
「はぁー…別にいいんだけど、だけどさ…。」
高級な食器を使用してる訳でもないし、思い入れのある特別な品だったとかでもない。ただ、善意の結果なので怒るに怒れないし、地味にストレスが溜まっている。結局、後始末は風太の役目になるからだ。
小学生の低学年並みに家事経験も無いのに、昼の主婦向け番組で無駄に知識が豊富になっているのもやばい。見ただけで出来る気になるという、根拠のない自信が彼を駆り立てるのか。昨日の夕飯は焦げた炒り卵と、謎のトマトスープだった。
「怖いな…今晩の夕飯は何だろう。」
食材は日曜日に買い溜めしてある。風太の為に作ってくれているのは有難いが、残り少ない食器が割れてないかが心配だ。
そして、もう一つの悩みの種と言えば…樹雨が再び半獣になってからは、キスもそれ以上の事もやっておらず、いつまで逃げていられるのか、寝込みを襲われるのも時間の問題と言えた。
「そろそろはっきりさせないと。」
この先、樹雨とずっと一緒に居れるかどうかなど確たる自信はない。それでも、菊嘉の日本滞在中に決めなければ、樹雨だって困るだろう。
「菊嘉君に連絡して、もう一度会えないか聞こう。」
風太の目には、樹雨はいつも通りの様に見えるが、もしかしたら家事を頑張る理由は、彼なりの不安の表れかもしれない。そんな事を考え、お人好しの風太が申し訳無さに襲われていると人の気配がし、背後から声がかかった。
「こんばんは、宇野風太さんですよね。」
「はい?」
振り返った時にはもう、相手は風太の懐に居て、いとも容易く首筋を叩くと意識を奪った。
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