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第ニ章:死神と魔王1
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死神なんて、案外地味な職業だと思う。
僕みたいな記憶課の職員は、一応、技術者なんて格好良さげな括りだけど、つまるところ、上からの指示通りに転生する魂の前世の記憶を消すだけで。
大学では生命管理学を学んで、魂の記憶に興味を持って、大学院では、ずっと記憶重複の研究をしていた。
言ってみればエリートの僕が、今はただ、魂の記憶を消すだけなんて。
しかも、消しても消しても、魂ってのはいつだって山盛りで、ほとんど毎日残業。
死人が多い夏と冬は繁忙期で、帰宅が日を跨ぐことも、十四連勤なんてこともある。
遅い夕飯の後に寝落ちしてしまい、煌々とした灯りの下で目覚めたときのがっかり感と言ったら――。
特に今日のように研修で一日潰れた翌日は、うんざりに輪をかけたような仕事量が待っている。
僕の学位はこんなことのために使うものじゃないっ!と言ってみても、大学に残れるだけの能力が僕にはなかったのだから、仕方ない。
ふわーっと昇っていく紫煙を目で追う。
――煙って自由だけど短命で、僕ら神はいろんな制約に縛られるけど、やたら寿命が長い。どっちがいいのかな。
どうでもいいことをぼんやり考えていると、不意に背を叩かれた。
「うわっ!びっくりした!」
振り向けば兄さんが立っていた。
「何を廊下の窓から顔出して黄昏てんの?」
――僕の兄さん。
兄さんも死神だけど、僕と違って外回り担当だ。
いわゆる、魂をお迎えに行く係。
兄さんは、僕と違って、金だけが欲しくて死神をやっている。
だからなんでも割り切れる。
だから兄さんが仕事で悩む姿を、僕は見たことがない。
上司に怒られても、理不尽を強いられても、非常識な新人に遭遇しても、「やってらんねー」の一言でやってしまうのだから、僕にとってヒーロー的な存在であると同時に、その器用さが憎らしくもあった。
「あ…今ね、休憩時間。今日は研修で。研修って疲れちゃうよね」
「どうでもいいけどよ、タバコは喫煙所で吸えよ?見つかると喧しいぞ」
「え…あ…うん。ところで、兄さん今日非番じゃなかった?」
「そうなのよ!ところが事故があったらしくて、魂のお迎え要員が足りなくて、寝ているところ叩き起こされて、今までお仕事してたの。もーいい迷惑よ!」
兄さんはふぁっと欠伸をすると、いかにも眠そうに目を擦った。
「俺、事務所寄って、今日はもう帰るわ。お前も研修なんてテキトーにやれよ」
兄さんは僕の肩にポンと触れると、そのまま廊下の向こうに歩いていく。
僕はその背を見送ると、携帯灰皿に吸殻を押しつけた。
「どうしよっかなぁ」
わざと声に出してみる。
本来ならば研修は十三時から再開。
しかし、講師の到着が遅れるとかで、十四時からになってしまった。
ボーっと過ごすには長い…
僕は兄さんが向かったのと反対側、玄関に歩き出した。
外の空気を吸いに行こう。
ここ最近、家と職場の往復ばかりだった。
久しぶりの散歩の時間に僕の気持ちは弾んだ。
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