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久保蓮司の話②
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あの時シーナが言った「一人で生きていけるように」とはどういう意味だったのだろうか。
二十九にもなる男が仕事もせずに三人の男に囲われている。それはどう考えてもおかしな状況だった。
蓮司の生き方だってリベラルでマイノリティだ。決して安定した職業ではないし、真っ直ぐに今の仕事へ突き進んできたわけでもない。カメラが好き、映像が好きという一点だけでこれまで幾度も職を転々とし、金さえ入ればと腐りながらシャッターを押していた時期もある。褒められた生き方はしていなし、ましてや誰かに説教できる立場でもなかった。
それでも、そんな蓮司を以てしてもシーナの生き方は異常だ。
一人で生きていけるように。
シーナが言ったのは生活面の話ではないだろう。
なのにそんなことが気になるのは、もう自分が若くはないからかもしれない。
路線バスに揺られながら蓮司はぼんやりと考える。四人で暮らす中野邸は、随分と辺鄙な場所に建てられていた。都心であれだけの土地を確保するのは無理だろう。コンパクトでコンビニエンスなライフスタイルを好む蓮司にとってこの往復は、シーナに付随してきた面倒事の一つだった。
シーナと出会って一年になる。
それまで下半身的な付き合いのあった男女全てとの関係を清いものに戻し、新たに誘いも受けなくなって一年。セックスの相手は航平たちと共有するシーナだけだ。一年も経てば世間一般的な恋人だって結婚を意識するような頃合いだと気付く。
(将来のこととか)
考えたくなるタイミングなのかもしれない。
中野邸はバスを降りてからも結構な坂道を登った先にあった。金持ちは高いところに住みたがるらしい。周囲は同じく豪邸が建ち並び、お隣さんは塀をぐるりと半周したその先で、不便な立地のせいかここが別宅だという近隣も少なくない。都合の良いことに近所の住民とばったり出くわすことなど皆無だった。
急いで家に帰ったが蓮司を迎える姿はなかった。坂道を息切らして登った甲斐がなくて蓮司は残念に思う。
シーナはまだ寝込んでいるのだろうか。
蓮司はシーナがいそうな部屋をそっと開けて回った。この時間なら航平はまだ店だ。うまくすれば二人きりの時間を持つことができるかもしれない。無理をさせるのは可哀想だから、ゆっくり身体を休ませて、寝転がりながら昨夜のビデオを見よう。
それでシーナが盛ってしまったなら仕方がない。シーナのペースで抜いてやって、あまり自信はないが自分はトイレででも出せば済むことだ。
そっと音を立てずに階段をのぼり、二階へ回ったところで蓮司は重大な自分の落ち度に気が付いた。昨夜、双葉が地下を使ったということは、今日は双葉は休みだ。
蓮司は唇を噛み締め、双葉の部屋へと一直線に歩みを進めた。案の定、双葉の部屋からはシーナの声がしていた。
昨日あれだけのことをしておいて、双葉はまだシーナを休ませるつもりがない。それを思うと、航平ではないが頭に血が昇りそうになる。
「あ……ああ……双葉、双葉……」
慎重に、慎重に蓮司はドアノブを回す。そして、更にゆっくりと扉を押した。漏れる声は昨夜のような切羽詰まったものではなく、どこまでも甘い。
「シーナ、無理しなくていい」
向かい合って座る姿勢で二人は繋がっていた。双葉の手がシーナの背をあやし、シーナは双葉の首に絡めた両腕を支えにゆらゆらと腰を動かす。たまりかねた双葉が苦笑いしてシーナの頭を抱き寄せ、下から唇を塞いだ。
「ん……っ」
覆い被さる形でシーナは必死に双葉の口内を貪る。角度が変わるたび、二人の舌が縺れ、濡れた音を立てる。
「止まっていると、余計にここが動いているのが分かる。……ホラ、今」
「は……っ、ぁ……っ」
「きゅうきゅう締まって、……感じてる」
「だって、気持ちいい……。双葉、ふたば、うごいて……」
強請りながらシーナの方が我慢できなくて腰を揺らし始める。
「あ、んん……っ、あ、もっ……と、奥……」
「何もしなくてもシーナのここは勝手にどんどん奥へ飲み込もうとしてくる。怖いな」
「怖い、とか……何言って……」
シーナは喘ぎながらクスクスと笑っていた。それに応える形で双葉も普段の仏頂面からは想像できないような笑顔を向ける。
シーナが双葉の上に跨ったまま膝立ちに態勢を変える。腰を揺らすだけでなく、上下に動きながら双葉のモノを扱く。シーナの背後に回れば、きっと双葉のそれがシーナの尻を出たり入ったりしながら犯すところが撮れるだろうと蓮司は思う。我ながらゲスだ。
はっ、はっ、とシーナが短く息を吐く。双葉の手がシーナの身体を支えるのではなく、その動きを制止しようと抱き締めた。
「無理、しなくていいって、……言っただろうが」
「してないよ、双葉。無理は、してない」
「身体、辛くないか」
双葉の声は泣きそうなほど弱く聞こえた。それなのに笑ってみせるシーナは残酷だった。双葉がなぜあんなにもつらそうにしているのか、シーナは知っているのだろうか。何もかもお見通しで笑うのか。それとも、何も知らないのか。蓮司にはシーナのことが分からなかった。
「僕は……双葉に、気持ちよくなってほしい」
きっと、シーナは知っている。
昨夜、双葉が一度も達していないことを気遣うその言葉が全てを物語っていた。全部知っていて、シーナは双葉を包み込む。
「中に……欲しい。双葉の、いっぱい出して」
「……敵わないな」
「僕の中……双葉でいっぱいにして」
双葉がシーナの背を抱いてゆっくりと身体を傾ける。そのままでは身体に巻き込まれてしまう両脚を丁寧に片方ずつ持ち上げて、最後にシーナの上体をマットへ下ろした。シーナは今、どんな顔をしているのだろう。
蓮司の位置からでは酷く優しい顔をした双葉の横顔しか見ることができない。きっと、シーナが本当に見るべきものは彼のこんな姿だ。記録してやりたかったが、シーナは昨日ほど酷い状態ではなくて、自分の目で双葉を見ることができる。だから自分で記憶するべきだ。
双葉がどれほどシーナのことを愛しているのか。そして、それは航平だって同じことだ。
航平や双葉と比べて、シーナと自分には距離がある。その距離が面白くないといえば面白くはなかったが、蓮司にはそこまで引きずり込まれていない自分に安堵する気持ちもあった。
撮らないまま蓮司は扉を閉めた。
夕食は双葉の部屋で取ることになった。ディナータイムを終えて遅くに帰宅した航平が不貞腐れながら腕を奮い、起き上がることもままならないシーナを囲んで食べた。航平に凭れかかって双葉に箸の上げ下ろしまでさせるシーナの姿に蓮司は苦笑する。こうなることは予想がついていたから自分だけ一人で食事をするつもりだった。けれどシーナがここにいて欲しいと言えば従うしかなかった。
愛情のこもった料理が美味しいのはよく言われることだ。けれど、愛情がこもっていなくても航平の料理は最高だった。きっと彼は愛情どころか嫉妬と恨みを込めて料理したに違いない。否、シーナが食べる分だけの愛情がおいしさを引き立てているのだろう。
四人で一緒にいられることは稀だ。三人の想いは複雑でも、シーナが幸せそうにしていれば、やはり幸福な時間に違いなかった。
今日はさすがに誰もシーナに手を出したりはしないだろう。穏やかな時間は貴重で、そんなものを良く思う自分はやはり歳かもしれない、と蓮司は思った。
まるで家族だ。
それは奇妙で、歪な形をしていたが、とうに卒業してしまった幼い頃の家族の団欒を思い起こさせた。
「シーナくんにさ、出演の依頼があるんだけど」
これまで幾度となく掛けられていた声について、蓮司は初めて口にした。案の定、航平と双葉は二人揃って表情を固くした。
「ホワイト・ゲシュタルトっていうバンドのMVで、……まぁまだ受けるって言ってないからイメージも曲も分からないんだけどさ」
「冗談じゃない」
航平が突き放すように言った。おおよそ彼らしくない口調を蓮司は意外に思った。双葉はすぐに無表情に戻ったまま何も言わなかったが、快くは思っていないだろう。
「レンちゃん、シーナのことなんも知らねえくせにそういうのやめてよ」
駄々っ子のような懐こさはもういつもの航平だったが、これには蓮司の方がカチンとくる。一年の付き合いにもなるのに何も知らないなどと言われる筋合いはない。
「じゃあ航平くんが何を知ってるっての?」
航平は難しい顔で黙り込んだ。不貞腐れているわけではなさそう、と蓮司は航平の感情を敏感に読み取る。
「航平くんはさ、自分の知らないシーナくんのこと、他の人が知ってんのがイヤなだけだろ」
「……それの、何が悪い」
「城崎がどうやってシーナくんのこと抱くとか、そーいうのも知らねーくせにエラソーなこと言ってんなよ」
「言い過ぎ。殴っていいか?」
黙っていた双葉が呆れ果てて口を挟む。確かに、軽々しく触れていいことではなかった。蓮司はおどけて「ごめーん」と茶化してみせる。
「でもさ。シーナくんがこうやって何もせずにただ飼われてるだけってどうなの? そういうの気になんないワケ? こんなのさ、シーナくんのためになんないっしょ」
そのシーナ本人は航平に身を預けたままうつらうつらと瞼を下ろしていた。昨夜からのセックスと美味しい食事の次は眠くて仕方がないらしい。
勢いで言ってしまってから蓮司は自分らしくもない言葉に顔を顰めた。まるで常識人みたいだった。
「久保の言いたいことは分かる。正論だと思う。けれど、必要ない」
そして、現状のおかしさを把握している筈の双葉の言い様もまた、彼らしくなかった。
「俺も航平も、……少なくとも俺は、一生シーナの面倒は見るつもりでいる。その覚悟がないなら出ていけばいい」
「面倒? 覚悟?」
「そもそも俺はレンちゃんがここにいるの、許した覚えねえしな」
航平が双葉に追随した。
二人の感覚はやはりどこかズレている。だがズレている二人と異なり自分は正常だ、などとこの時ばかりは蓮司も黙って安心しているわけにはいかなかった。
「航平くんに許してもらう必要もないしねえ?」
「中途半端に俺らに関わんなっつってんの」
シーナが航平を背もたれに座っていなければ殴り合いになっていたかも、と蓮司は黙り込む。「ああそう、じゃあもういーわ」と捨てておけないのが不思議だった。こんなに、自分が我慢強いわけがない。航平を殴るか、投げ出すか。
面倒を見る覚悟だの、中途半端に関わるなだの、本当に――、面倒臭い。
なのに、ここで引き下がれなくて困る。
「んー……。うるさい」
シーナが目をしばたかせる。三人がそれぞれ三人とも情けない表情でシーナを見た。
「レンの言うとおりだから。二人ともなんで勝手に追い出そうとしてるの。レンは、僕のだよ?」
航平と双葉を咎めながらも、シーナの目は真っ直ぐに蓮司を見つめていた。蓮司がキレて勢いで出ていくと言わないように、無言でプレッシャーを掛けているようだった。
「シーナくんはさ、どう思う? MV、また出てみたい?」
まるで縋るみたいに蓮司は訊いていた。
「うん、……そうだね」
航平に身を預けたままシーナが微笑む。航平の指先を手に取って、無意味に弄んでいた。そして、その手をキュッと握り込んだ。
「レンになら、撮ってもらいたい。かな」
「嫌だって言ってんだろ! 絶対反対だからな! レンちゃんにならいつも撮らせてんだろッ、なんでっ、今更」
「航平くんさー、シーナくんの意思とか尊重しちゃどーよ?」
「レンがいつも撮ってるのは、レンの意思じゃないよ」
ぎゅうぎゅうに背後から航平に抱きしめられながらシーナは笑った。苦しい、と航平の腕をトントンと宥めつつ、シーナは蓮司の方を見る。
ねえ、レン。
「自分の意志で。撮りたい?」
形良い唇が、ゆっくりと開いて口にする。蓮司には紡ぎ出された言葉がスローモーションのように見えた。
――ああ、そうだ。
「撮りたい」
常識ぶった言い訳も、シーナのためだという偽善も、全部不要だった。
蓮司はただ、シーナを撮りたいだけだった。
「シーナのことはきちんと送り迎えするし、現場でもずっと俺がつくようにする。仕事だし、もちろん抜け駆けして手を出すような真似もしないから、あの……えっと、撮らせてください」
自分より幾分か年下の彼らを見渡し、蓮司は座ったまま深く頭を下げた。シーナを頂上とするなら、なにせ蓮司はこの中で一番下っ端だった。
航平はまだまだ臨戦態勢で、双葉の方はいつも以上に無表情だった。頭を下げてはいても、蓮司は二人からの許可など取れなくても勝手にシーナを連れ出す気でいた。頂上だの下っ端だの、知ったことではない。
「レンが撮りたくて撮る世界に、僕も存在してみたいよ。駄目かな?」
シーナが訊くのは蓮司以外の二人に対してだ。けれど、それは蓮司の心をぎゅっと絡めとる。
いやだいやだと航平は駄々をこねるのに、シーナに駄目かと尋ねられれば駄目とは言えず、ただ眉を寄せて黙り込む。口を開いたのは双葉だった。
「俺は、賛成しない」
「反対もしないって意味だよね」
「なんでそうなる」
「だってさっきから双葉、全然喋らない」
「俺の意見なら最初に言った」
「うん、僕のこと、一生面倒見てくれるって」
蓮司にすらシーナが双葉の言質を取りに掛かっていることが分かるのに、シーナ本人は心底幸せそうに双葉を見つめて笑っていた。
「双葉は反対してないよ」
双葉は目を伏せ、深く溜息をついた。降参の合図だった。シーナの肩口に顔を埋めて航平が項垂れる。シーナは航平の頭を撫でながら、蓮司へと向き直った。
「そんなわけだから、レン。よろしくお願いします」
シーナは航平の頭を肩と腕の間に抱き込みながら軽く頭を下げた。
再び顔を上げたシーナの顔がとても楽しそうで蓮司は怖気つく。航平と双葉の顔などもっと怖くて余計に見ることができなかった。
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