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久保蓮司の話④
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演者を含め、被写体というのは総じて待ち時間が長い。その間、シーナを控室に閉じ込めておくかスタジオ内で蓮司の目の届くところに置いておくかは悩ましい問題だった。結局、蓮司の仕事ぶりを見たいと言うシーナの希望に従い、スタジオ内の一角に置かれた休憩用の椅子に座らせることにした。
照明のあたる撮影セットは、そこが撮影スタジオであることを忘れさせるほど完成度が高い。蓮司の要求したとおり、荒れ放題の温室はまるでジャングルさながらだった。予算上、さすがに生花は殆ど使用していないのだが、美術には「これなら本物の温室を借りた方が安いんじゃないの?」と笑われた。
「えーっと……。でっかい木から垂れ下がってる葉っぱあんじゃん。あそこの明かりさぁ、イチロクもうちょい強めに欲しいんだけど」
「レンちゃん、それエッロイ感じにならんかね」
「緑あるからぁー。どっちかってえとサイケな感じが欲しいんよねえ」
「はいはい、サイケ。サイケね。サイケデリコってなんか旨そうだと思わね?」
「デリがあかん。デリが旨そうなヤツや」
「ちゅーてレンちゃん最近ご無沙汰って聞いたんだぜ」
「俺ァもともとデリは呼ばねえ派」
付き合いの長い照明屋に間延びした声で要望を出すと、話はくだらない方向に転がっていく。その合間にも彼はスタッフへ指示を出して蓮司の要求したピンク色の照明を偽物のジャングルの一角へ当てた。ついでのように黄色がほんの少し下側に重なっていることに気付き、蓮司はプロの仕事に舌を巻く。正しく蓮司の言ったサイケデリックな仕上がりだった。
「ふむ」
イメージする荒れ放題の温室を探してくるほうが難しい。ロケハンの手間、移動などの需用費、天候、外で撮影する日程調整の難しさ、そんな都合だけでスタジオ撮影にしたわけではない。
一番欲しかったのはこの人工の光だ。
自然ぽく見せかけた植物と、カラーフィルターの照明。
手入れのされていない荒々しさと、それが造りモノであるという対比。
骨太のロックサウンドとデジタルミュージックが融合したホワイト・ゲシュタルトの音源から蓮司が受けたインスピレーションを映像化するためのセットがそこにあった。
「ヘルスどころかキャバすら行ってないって? あの蓮司が。枯れてんじゃないかってもっぱら噂」
「枯れてるんじゃなくてレンアイに目覚めたんじゃない?」
照明屋との間に割って入る形で林田が顔を出した。「よっ」などと片手を挙げるのに応えて、蓮司は怪訝な顔をした。
「ハヤヤンの出番、明日なんだけど」
「SHINAの撮りがあるって聞いたから覗きに来た」
「あーそ」
そのシーナは他のスタッフに囲まれ、にこにこと笑っている。スタジオに入って暫くは、例の冷たいオーラで誰も近寄らせなかったのに、気を許すとあっという間に人を集めてしまう。
シーナを取り囲んだ一帯は差し入れのお菓子談義に花を咲かせているようだった。蓮司のところにまで有名店の名前が耳に入る。蓮司は思わず溜息をついて、シーナのいる一角へ向かった。
「シーナくん、腹減ったなら控え室で弁当食べてきていいよ」
「あれ? ケータリングありますよね?」
「シーナくんお弁当持ってきてるから」
「お弁当? 手作り? 彼女っ?」
「……彼女では、ないんですけど」
シーナは曖昧に濁して笑い、蓮司の方を見た。質問した共演の女性が好奇心丸出しの目を、やはり蓮司に向けた。
(なんで俺に振るんだ……!)
シーナが口にするものは全て航平が料理したものと決まっている。しかも栄養バランスは双葉が管理しているという徹底ぶりで 一分の隙もなくシーナを支配したがる彼らはやはり異常だと蓮司は思う。あるいは憎しみなのではないかと疑うぐらいに。
食べたいものを好きに食べられない不自由さについて、蓮司はシーナ本人に訴えたことがあった。けれどシーナはあっさり「食べるものにこだわりがないから」と返しただけだった。
『食べなくて済むならいいのだけどね』
シーナの価値観もまた、蓮司には理解不能だった。美味しい食事と楽しい会話、充実した仕事と快適な休養、それからちょっと刺激的なセックスがあれば生きていけると信じて疑わない蓮司に理解できるわけがなかった。
「シーナくんはさ、フランセ・ナカノの料理しか口に合わない偏食なんだよ。だからお弁当もフランセ・ナカノの特注品」
蓮司はフンと鼻を鳴らして得意げにシーナを見た。シーナは目を真ん丸に見開き、目一杯驚いていた。その顔に、蓮司は思わず笑いそうになって必死に堪える。
「その食生活って食費かかりすぎじゃないです?」
「シェフが……、高校の時の後輩で……」
「フランセ・ナカノって中野勝平シェフのお店でしたっけ?」
「今は息子が継いでて、それがシーナくんの後輩ね」
蓮司としては先程の無茶振りに対するちょっとした意趣返しのつもりだったのだが、シーナの思わぬしどろもどろの反応に助け舟を出した。四人でいるときもシーナが会話を投げ出して言葉少なになることはよくある。
けれど、チラと覗き見た彼の横顔は、どこか浮かない様子で、それが蓮司の心に引っかかった。
「綾乃ちゃん、そろそろスタンバイよろしく。んで、シーナくんはもうちょい待機でお願いね」
航平の話題は、外ではタブーだったのかもしれない。
シーナのことは、蓮司にとってわからないことだらけだ。
蓮司は元グラビアアイドルの綾乃を連れ立ってセットへ向かった。まるで逃げるみたいだ、と苦笑した。シーナのことは知りたいが、深みに嵌るのは怖いままで、深淵を覗き込んでは二歩、三歩下がる。そんなことをもう一年も繰り返している。
「ねえ、レン。今夜空いてる?」
先程まで敬語で喋っていた綾乃が、前を向いたまま小声で言った。その馴れ馴れしさに蓮司は足を止めそうになるが、綾乃と同じく前を向いたまま歩く。
「さーどうかなぁ。明日も撮らなきゃだしねえ?」
「ホントに遊ばなくなっちゃったんだね、オジサン」
「あ、刺さった。今のスゲー刺さった」
今は真っ当に女優の道を歩む琴吹綾乃とは、彼女がグラビアアイドルとして活動を始めた頃からの付き合いだった。無邪気で人懐こい性格と見た目の上品さから、今でこそ清純派などと言われるが、本来の彼女はどちらかといえば打算を隠しもしない潔さがあり、サバサバとした人付き合いを好む男らしい性格で、男女の関係というよりも性別を超えた気の置けない相手ではあった。
だからこそ、一時的にも蜜月を過ごした。距離を置くようになってもこうして仕事で声を掛けるのは、やはり男女の関係というよりももっと違った繋がりを感じていたからだろう。
「女子に恥かかせるようなオジサンは願い下げです。ザンネン、サヨナラ」
「ちょっと待って、ちょっと待って」
「惜しくなった?」
「当然」
凛とした面持ちで前を歩く綾乃が振り返ってキラキラとした営業スマイルを浮かべた。
(なんか俺、この手の人間に振り回される運命なのかも)
蓮司はにやついた顔で綾乃を立ち位置へとエスコートする。
夜に予定をあけるためには、まずはシーナを中野邸へ送り届ける算段が必要だ。
送り迎えは蓮司がする。
シーナをひとりにしない。
それは最初に提示した条件だ。
けれど航平の店にでも送り届けておけば、後は喜々として航平がシーナのことは連れて帰るだろう。問題は無い。
――レンは、僕のだよ?
後ろめたいと思うのなら、これは浮気の算段だ。
(でも、シーナくんは俺のシーナくんじゃない)
自分ばかりが深みに嵌ったり、綾乃にオジサン呼ばわりされたり、本気でどうかと思う。どうかしている。
問題はシーナ以外を相手に自分の下半身が使い物になるかどうか、などと蓮司はやはり下衆なことを心配した。それでこそ久保蓮司だった。
最高に気分がいい。
鼻歌でも歌い出したい気分で、それなのに、何故か蓮司は後ろを振り返った。
――これは、浮気の算段?
「あ」
二秒。
固まって。
ぶつかる視線。
その場で立ち尽くすシーナから、蓮司は無言で目を逸らした。
偽物のジャングルに不自然に派手な色が踊る。
まるで陶器のような男女が、音の渦から切り離されて緑色の中を泳いだ。
白い服はカラーフィルタの照明に染められることでそれが白であることを主張する。
眩いばかりの白だ。
サイケデリックな色彩に染まる服も、陶器のような二人の肌も、緑のジャングルの中で二人だけが異様に白い。
シーナの作り物のような横顔が微笑み、しなやかで長い手が伸ばされる。
綾乃がゆっくりと瞬きをする。長い睫毛が瞼に合わせて上下して、細められた目元を飾る。
鼓膜の奥、脳の中で音楽が鳴っていた。
頭に叩き込んだ曲は何度リプレイしても不思議な幻覚を呼び覚ます。
ノイジーで太いギターの音。
メロディアスなベース。
泥臭ささえ感じる真っ向勝負の生ドラムに、変則で打ち込みのパーカッションが重なる。
煌びやかなシンセトラックがループして、それが中毒性のある酩酊感を生んだ。
綾乃の白い手が、シーナの手に重なる。
普段は華奢に見えるシーナの手は、それよりも小さく細い綾乃の手を握り返し、普段あまり意識することのない彼の男性性を匂わせた。
溢れる色々な音を、高音のボーカルラインがキャッチーなメロディで纏め、そして拡散させていく。
どこまでも広がっていく世界は偽物のガラスガーデンに収まりきらないから、蓮司は世界に飲み込まれそうになりながらフレームで切り取った。
完璧な世界だった。
明日撮るシーンの確認と、バンドメンバーの立ち位置の確認、残りのシーンやそれに伴うロケハンの進捗確認、制作会社への簡単な進行の報告。そういった雑務に立ち会ううちにシーナの姿が見えなくなっていた。
総じて撮られる者の待ち時間は長い。だから、普段ならこういった空き時間に演者がいなくなったところで気に留めることは殆どない。寧ろ待たせていることが気になるから目に入らないところにいて貰える方が気楽だった。
シーナと綾乃のシーンは撮り終わっている。クランクアップの儀式を済ませ、その後の雑用が終わるまでスタジオ内で待っているように伝えたつもりだった。伝わったかどうかまで確認はしていない。蓮司には撮っている間よりもやらなければならないことがたくさんあって、シーナにまで手が回らなかった。完全に蓮司の落ち度だった。、
控室として借りた部屋をそっと開ける。声を掛けないのは居場所の確認だけできればよかったからだ。
なのに、息まで殺してドアの開閉音に気を遣う。もう一年もそんな生活をしている。きっと、部屋の中の空気を読み取ることに敏感になっている。
部屋は何の変哲もない簡素な机とパイプ椅子が置いてあるだけだ。そこにシーナの私物を見つけ、蓮司はそっと部屋の中へと身を滑り込ませた。
シーナは入り口から死角になる柱の陰にいた。
なんでそんなところに。
蓮司は危うく問い掛けそうになって言葉を喉の奥へ押し込んだ。
柱の陰とはいえ、半身がのぞくシーナには隠れる意図がない。隠れるのではなく、隠しているのだ。
更に部屋の中へ進むと、奥で女がひとり、シーナの前に跪いているのが見えた。シーナの股間へと顔を寄せる彼女が何をしているかなど、聞かずとも明らかだった。
シーナは三人に抱かれる時のどれとも異なる顔をしていた。女の髪に指を差し入れ、優しく宥めるように梳く。シーナのペニスを口に含む女の方が興奮しているように見えた。
浅ましく、醜い。
咄嗟に蓮司は唾を吐きたくなる。まるで、思春期の潔癖な子供のような感情に、蓮司は戸惑った。。
シーナの視線が不意に横へ流れ、覗き見る蓮司の姿を捉えた。シーナが蓮司を見て悠然と微笑むから、何故か蓮司の方が後ろめたさを感じた。
この女と寝るつもりだった。シーナの微笑はそれを見透かしたものだろうか。
綾乃が顔の角度を変えて頬張る。窄めた口から生々しいシーナのそれが何度も露わになっては吸い込まれる。シーナがその感触を追うように目を伏せ、ほんの少し眉を寄せた。
「ん」
控え目に快感を伝える表情は、普段なら奔放に快楽へと溺れる彼とは別の顔を見せた。
綾乃のことは好きだった。気の置けないセフレで、互いに面倒事を嫌うさっぱりとした付き合いを好みつつも、楽しむことには手間を惜しまない性格だから相性が良かった。それなのにシーナとそういう行為に耽る彼女が醜く、穢らわしいものに見えて仕方がない。誰かに対してこうしたマイナスの感情を向けることが殆どない蓮司は、理不尽で自分勝手な苛立ちに困惑した。
シーナが唇の前で人差し指を立てる。「静かに」と指図するその行為は背徳的で、蓮司を興奮させた。
綾乃を立たせ、壁に手をつかせる。
シーナの手に沿って彼女のスカートが持ち上がり、白い太腿が露わになる。彼女の耳に唇を寄せ、シーナが何かを囁くと彼女は喉を仰け反らせて小さく声を上げた。
蓮司が撮った白い陶器の男女とは別人の二人がそこにいた。
「舐めただけで濡れるの?」
シーナの質問はまるで幼子が口にする他愛ない問いかけのようだった。
綾乃は答えない。
答えられずに間断なく小さな声を漏らし続ける。休む間も与えずにシーナは背後から彼女の全身へと手を這わせる。
「ねえ?」
無垢な天使の顔は綾乃を優しく追い詰め、そして蓮司を振り返った。
――おいで。
シーナの口が、はっきりとそう象るのを、蓮司は見た。蓮司はいっぱいに目を見開く。
「あ、んっ」
耳障りな、声。
蓮司は眉を顰める。
乱れた下着からは乳房が零れ、綾乃の動きに合わせて上下に揺れた。
一時でも蓮司のお気に入りだった綾乃はそこにはいなかった。シーナの腕の中で、彼女の存在は生々しく、そして醜かった。こんな時ですら神々しいまでに美しいシーナと比べて、存在自体が汚点であるかのように彼女は醜かった。
シーナと比べて。
蓮司は、自分の眼が狂わされていることに気付く。
見えないファインダーを構えれば、綾乃は自分が抱いた時よりも遥かに美しかったのに。
蓮司はゆっくりと足を踏み出す。
嫉妬で歪められた、眼。
果たして自分はどちらに嫉妬しているのだろうか。
「れ……」
振り返る綾乃が顔を引き攣らせて蓮司を見た。何かを請うような表情は、これまで一度も見たことのない顔だった。
「なーに二人で楽しいことしちゃってンの。俺も混ぜて」
蓮司は普段通り明るく声を掛ける。綾乃がホッとしたように脱力したのが分かった。
「あ、あ…っ」
力を抜いた綾乃の身体を、シーナが背後から突き上げる。綾乃の向こう側は壁で、空いているのはシーナの後ろしかない。
だから、仕方ない。
手を伸ばすのは、綾乃ではなく、シーナ。
「僕、真ん中?」
「それ以外場所ねえし」
「確かにね」
すでに前を寛がせていたシーナのズボンを下着ごとずり下げ、尻朶を開く。もう自分のモノは臨戦態勢ではあったが、蓮司は唾液を纏わせ更に扱いた。
挿れるのは無理だ。
蓮司はシーナの股の間に自身をゆっくりと差し込む。これ以外の方法などないというのに、シーナには予想外だったのか、驚いて閉じる脚の付け根が蓮司のペニスを締め付けた。
「……おい」
「だって……っ」
綾乃を抱くスピードに合わせて腰を動かし、時折深く突き上げるような不規則さを加えると、シーナがあっさりと呼吸を乱し始める。
普段なら受け入れさせる場所と、綾乃に咥えこませたペニスとの間、薄い粘膜みたいに柔らかいところを蓮司の自身が往復する。
前に回した手で、綾乃と繋がる部分と乳首に手を這わせても、シーナはいつもみたいに声を上げなかった。ただ短く息を吐き、苦しげに眉を寄せるから感じているのは分かる。感じて腰を揺らし、女の中を突く。
(やべ……)
シーナは、男の顔をしていた。見慣れぬ顔がシーナの目鼻立ちで息を乱し、快感を追いながら快楽を堪える。それがたまらなく扇情的だった。
「ア……イく」
シーナが短く告げる。女がガクガクと首肯したのを見て、蓮司もまたペースを上げた。
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