アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
海へ出た初夏の旅11
-
(葵語り)
少しうとうとしていた。
襖の向こうから明かりが漏れている。俊さんの店はまだやっているみたいだった。
今日泊めてもらうことを伝えなくてはいけないと起き上がり、脱いでいた浴衣を見様見真似で羽織ってから部屋の外へ出た。店へ顔を出すと雅人さんが1人で何か書き物をしている。カウンターは綺麗に片付いていた。
さっきまでのチャラい雰囲気とは全然違う。一瞬で仕事をしているのだと察した。
「あ、あの……俊さんは……?」
声を掛けると雅人さんはペンを置き、辞書みたいに分厚い本を閉じた。彼も例に漏れず、デスクワークの時は眼鏡をかけるようだ。
「俊さんなら奥へ引っ込んだよ。お店は閉店したけど、実家は甥っ子がいて煩いから、こうやって場所を提供してもらってるんだ。飲酒してるから運転して帰れないし。予定の無い週末はいつもこうしてる。葵君こそどうしたの。」
泣いた後みたいな顔してる、と雅人さんが笑った。先生が来て口論になったことは知っているはずだろう。
「ちょっと目が覚めちゃって……」
「そう。飲む?」
ペットボトルの水を差し出してくれたので、遠慮なくいただく。喉がものすごく渇いていた。
「祐ちゃん帰っちゃったよ。なんで素直にならないの。迎えに来てくれてありがとうって一言葵君が口にすれば、祐ちゃんもすんなり自分の非を認めただろうに。あの人は昔っから変な意地の張り方するから、ちょっと引いてみて、うまく操らなきゃ。案外単純な人でしょ。」
「…………いつもならそうするのに、今日は譲りたくなくて、嫌なことを言っちゃった。お父さんの誕生会に誘われてたのに、忘れて行方不明になって、酔い潰れて寝てたとか最低ですよね。」
「葵君のそれなんか可愛いもんだと思うけど、祐ちゃんも余裕なかったんだろう。2人とも不調だったんだよ。明日になれば気持ちの整理が付くんじゃない。」
「あ、はい…………そうだといいですけど。たぶんあの怒り方だと、長期コースかもしれない。」
再び気持ちが陰へ入っていこうとする。涙を堪えて下唇を噛んだ。さっきみたいに口数が少ない先生は相当怒っている証拠だ。
「あのさ、また泣きそうな時に申し訳ないんだけど、着替えようか。浴衣姿がどうも目に毒で。」
「へっ、はっ、毒………?すみません。お目汚しでしたか。」
慌てて肌蹴た胸元を手繰り寄せた。帯も歪んでいる。気が緩んでいた。ここは友達の家ではないのだ。
「はははっ、お目汚しなんて言葉知ってるんだ。違うよ。目のやり場に困るだけ。俺は葵君をそういう目で見てるってこと忘れないでよ。うんと、葵君が起きたら着るかもって俊さんから借りてたんだ。これ。」
「すみません…………」
お祭りはとっくの前に終わったらしく、辺りは静まり返っている。急いで服を着替えて雅人さんの隣へ座った。
「葵君は就職活動してる?」
「してないというか、やめました。向いていないみたいで。」
雅人さんは俺の話し相手になってくれた。くだらないことに、ふんふんと耳を傾けてくれる。
「君に会社勤めは似合わないだろうね。進路は決めてるの?」
「今、雑貨屋さんでアルバイトしていて、主にガラス食器を扱ってるんです。小物を扱うのが好きで、ずっと触っていたいくらい。行く行くはそれに関わる仕事がしたいなんて思ってます。雅人さんみたいな立派な仕事じゃないですけど、俺にとってはやっと見つけた『好きなこと』なんです。」
凛堂でのバイトは始めたばかりだ。先生がいつも言うみたいに、ゆっくり少しづつ進めばいいんだ。人を見て焦るのが1番良くないらしい。
「俺なんか全然立派じゃないよ。人より勉強ができたから、なんとなく内科医になっただけ。優秀な医師はごまんといる。何をする訳でもなく、功績を残すこともできない。ただの医者という名前の職業さ。」
「そんなこと……生意気かもしれませんが、雅人の存在に救われる人は沢山いると思います。お医者さんって怖いとか偉そうな人が多いけど、雅人さん、話をちゃんと聞いてくれるから、だから、あの……俺より全然立派です。すっごく優しい。でも俺と比べちゃダメか。ははは……」
頬杖をついていた雅人しんが俺をじぃと見て、頭を撫でる。なんだかくすぐったい。
「葵君……ありがと。君は本当にいい子だね。好きになりたいなぁ。君みたいな子が側にいてくれたら、毎日が楽しそうなのに。」
そう言って、俺に微笑んだ。
雅人さんが俺に好意を持ってくれることは嫌ではなかった。先生と喧嘩したからか、雅人さんが俺の恋人だったら違う世界が見れたかもしれないと思うのだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
153 / 161