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遠い光
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すがりたくても、すがれない。
怖くて、怖くて。
ただ、闇をさ迷う。
【関西】
「……………………………あ?」
関西竜童会本部。
関東支部を上回る、馬鹿デカい要塞。
常に出入りする組員の数も、関東支部の倍以上。
そこへ、帰るべき主が帰って来た。
周りは、嫌でも活気付く。
ここ数日、竜童会関西本部は、嵩原のご帰還に一段と士気が高まっていた。
「どうされました?……………………親父」
静かに開かれる、車のドア。
出先から本部へ戻って来た嵩原は、錦戸が開けた後部座席のドアから車外へ顔を出すと、ふと後ろを振り返った。
後ろを……………………。
「あ、いや………………気のせいか…………………」
本部の玄関先の両脇に立つ、太く重厚な柱。
それだけで、現在の竜童会力を知れる立派な柱を境に、多くの組員達が頭を下げ、嵩原を迎える中、その目はいまだ後ろを見つめる。
後ろ?
車のドアを支えながら、錦戸はそんな嵩原の様子に、首を傾げる。
見えるのは、ただっ広い本部の駐車場や青々と繁る木々の波。
当たり前だが、何もない。
「…………………………親父?」
「何や……………誰かに呼ばれた気ィした…………………」
「……………………誰か……………………ですか?」
耳をすませば、穏やかな風に吹かれ、擦れる木の葉の声くらいは、聞こえる。
そう、くらいは。
誰かって……………………誰?
それでも、嵩原は振り向いた視線を、前へは戻そうとしなかった。
何だろう。
胸が、ざわつく。
「……………………若に、お電話されてはどうですか?」
「は……………………?」
立ち止まったままの嵩原を見かね、錦戸は然り気無く気になっていた事を口にした。
「此方へ帰って来てからは、まだ一回もお電話されてへんやないです?ご心配し過ぎて、若のお声が空耳になったんかもしれませんよって」
空耳。
「………………………空耳、ね」
空耳でも、聞けたらどんなに嬉しいだろう。
確かに錦戸の言う通り、嵩原は此方へ戻って来て、まだ一回も大和へ電話をしていない。
しても、精々line止まり。
声を聞くと会いたさが爆発して、高速をぶっ飛ばしそうになると、わかっているから。
欲求不満過ぎて、理性を保てる自信が、全くない。
とりあえず、今はひたすら我慢している。
「無理やな……………………電話は」
ええ、高速ぶっ飛ばすので。
「はい?我が子ですよね?…………………我慢される意味が、わからんですけど」
「うっさい……………………親心は、複雑なんや」
親心もとい、恋心。
複雑なんです。
人には言えない、諸々が。
「でも、親父の妙な胸騒ぎは、よう当たります。関東も、マフィアの手が回らんとも限りません。若かて、喜ばれますよ」
「ぁあ……………………?」
錦戸のやけに親切な説得に眉をひそめ、嵩原はジャケットから煙草を取り出す。
妙な、胸騒ぎか…………………。
無きにしも非ず。
「関東で、何か…………………」
手にした煙草を口へと運びながら、嵩原の目は、遥か遠く見えない関東を見据える。
まだ全てが浅い、関東支部。
安定感もなければ、結束も固まりきっていない。
何処かに歪みが出来れば、崩れやすく、落ちやすい。
………………………ただ。
「向こうには、高橋がおる……………………大和には悪いけど、あいつがおるから、俺は何も心配せんとこっちへ帰られたんや。…………………………大丈夫やろ」
大丈夫、高橋なら。
今じゃ、嵩原でなくとも、竜童の人間なら誰だって思う。
高橋なら、間違いはない。
そう言って、嵩原が咥えた煙草に火を点けようと、愛用のジッポの蓋を、カチャカチャと動かしていると、本部の中から藤原が走って来るのが目についた。
「親父ぃ……………………っ!!」
普段、落ち着いている藤原にしては、血相を変えた様子で嵩原を呼んでいる。
「…………………………ん?藤原……………どないしたんや?えらい慌ててんな……」
「籔が………………っ……辰見組の籔が、ウチのシマに出て来よったっと、今連絡が……………っ!!あの野郎、こないな時間から、繁華街のクラブに顔出しよって、酒出せて意気がっとるらしいですわっ!!」
辰見組組長、籔の横暴。
仮にも竜童会のシマに現れ、また日の高いうちから、しのぎ先で横柄に振る舞う。
ヤクザのトップ、嵩原竜也の顔に、泥塗りますか?
「親父………………………っ」
錦戸が嵩原の顔を見た時には、咥えた煙草は既に足元へ転がっていた。
「……………………………車出せ。行くぞ、錦戸」
この為に、帰って来た。
無駄な喧嘩はしないが、売られた喧嘩は買ってやる。
肌にかすめる風さえも、まるでピリピリと神経を逆撫でるよう。
「俺を……………………ナメてんじゃねぇ………………」
勝ってからこその、喧嘩。
嵩原の周囲もまた、にわかにざわつき始める。
「高橋ぃっ!!……………………オイッ!高橋!!」
一方、奇しくも同時刻。
自宅マンションで倒れた高橋を支え、大和は必死にその名を呼んでいた。
「京之介っ………………どないしよ…………高橋がっ!高橋がァ………………っ!!」
いくら呼んでも、返事がない。
自分の腕にズッシリと感じる、高橋の重み。
こんな事、今まで無かった。
常に強い、高橋。
ずっと自分の側にいて、どんな時も笑顔を向けてくれる、心強い味方。
そんな高橋が額に脂汗をかき、苦しそうな息だけをただ吐く姿に、大和の気は動転していた。
このまま、意識を取り戻さなかったらどうしよう。
このまま、自分を見てくれなかったらどうしよう。
強い姿が当たり前過ぎて、悪い事ばかりが頭を過る。
「アホかっ!!落ち着かんかいっ…………大和!!」
ビクンッと身体を揺らす怒号に、ハッと大和は安道を見上げた。
「京…………………ぉ……………」
「高橋かて、人間や………………………どんなに強い思うても、弱い時位あるわ。高橋は、お前の右腕やろ!主がしっかりせんで、どないするんやっ!!」
そう言うと、安道は手際良く高橋の首筋へ手を当て、体調を診ると、ベルトやネクタイを外し、身体の締め付けを取り除いた。
「ちょっと気ィ失のうてるだけや………………竜也の部屋案内せえ、運んだるから」
「あ………………う、うん」
一人大人がいるだけで、こんなにも頼もしい。
普段なら、高橋がしてくれる事を、安道が有無も言わさずこなしてる。
しかも、たくましい。
安道は高橋の身体へ腕を回すと、ひょいと抱き上げてしまった。
「…………………すげぇ………………京之介」
「お前………………今日、そんなんばっか言うとんな。ガタいがデカい割りに、まだまだ過ぎんで………………鍛え直せ」
「うぅ………………………はい」
慌てて安道の行く手のドアを開けながら、大和はややへこんでいく。
仰る通り。
高橋に頼ってばかりの日々が、高橋を助けられない自分を作る………………なんとも、情けない。
高橋から自立しようと頑張ってたつもりが、いざこうなると、さっぱり成果は出ていなかった。
ギシ……………………………
マットに沈んでいく高橋が、やけに小さく見えた。
「……………………高橋…………………」
思わず高橋の手を握りしめ、大和はベッドの脇に膝まづく。
何もしてやれない自分への苛立ちと、側に居てやりたい切なさ。
何を、すればいい?
心の中で、高橋に問いかける。
「雑炊でも、作ってやるか……………………」
「え……………………」
「高橋が目を覚ました時、何か腹に入れさせたらんとな…………………」
落ち込む大和の後ろから、安道は優しくその肩を叩き、笑みを溢す。
「京之介……………………ありがとう………………」
ありがとう。
それしか、言えなかった。
「はぁ……………………ダメやな、俺…………………」
「………………………ダメ?」
「高橋の事、何も知らん………………親父みたいに、高橋を支えてやれへん。今だって、京之介がおらんかったら、ただワタワタしてるだけや」
握る高橋の手の温かさ。
自分は、何度それに救われたかわからないのに。
喧嘩には迷いがなくとも、人と向き合うのは、難しくて迷う事ばかり。
支える事すら、ままならない。
「………………………んなもん、高橋は望んでへんやろ。支えて欲しいなんて思う奴が、竜也から離れて、お前に全てを尽くさへんわ」
「京……………………」
「それより…………………俺は、高橋のこの姿に疑問やな……………体調が悪くなっただけやないで、これは」
「………………?………………それって………………」
安道は、眠る高橋の額へ腕を伸ばし、滲み出た汗を軽く手で拭いながら呟く。
「何か………………怯えてたように、見えたな。目が、現実を捉えきれてへんかったみたいやった……………」
「じゃあ……………………今日………………」
何かが、あった……………?
高橋が怯えるなんて、そんな姿見たことない。
真剣な眼差しで高橋を見る安道へ視線を向け、大和の心臓は、嫌な音を立てる。
「一緒に動いた奴がおるんやろ?そいつに、聞いてみ………………………高橋がこうなるって、よっぽどや。少し慎重に、調べた方がええな。でなきゃ、潰れんで……………………高橋」
「つ……………………」
潰れる。
潰れるって……………………。
「必要なら、俺も力貸したるから…………………大事な右腕、守ったらんとな」
「京之介……………………」
経験が浅いとは、無知である。
大和は安道の話に耳を傾けながら、自分の無知さを思い知る。
安道がいなかったら、高橋の心の闇までは気付かなかったかもしれない。
怖い。
高橋を、助けたい。
大和は、ギュッと高橋の手を握り、渇いた喉に微かな唾を飲み込む。
「高橋は……………………高橋は、俺が守る………………」
俺が。
ガキが、何言ってんだ。
でも、それを言いたかった。
高橋、だから。
なあ、高橋…………………。
俺じゃ、守られへん?
親父の代わりは、出来ひんやろか…………………?
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