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哀しい遠吠え
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聞こえないなら、聞こえるまで。
届かないなら、届くまで。
振り向いてくれるまで、叫び続ける。
「ん……………………………」
重い頭と、僅かに残る気持ち悪さ。
そして、片手に伝わる、優しい温もり。
「は………ぁ…………………なに……」
いまだ、ボーッとする視界。
高橋は、なんとか開いた目蓋に手を乗せ、真っ白な景色を眺める。
真っ白……………………天井……………か?
そうだ、天井。
窓から差し込む明るい日差しと、真上に埋め込まれたライトが陰影を作り、まだ外が日が高い事を教えてくれる、マンションの天井。
「ああ、そうや…………………確か、3時頃……………若の所へ帰って来て…………」
帰って来て…………………?
そこからの記憶が、ない。
記憶が…………………………。
ガバッ…………………………!!
自分がベッドに寝かされている事に気付いていない高橋は、青ざめた顔で慌てて身体を起こす。
目の前に広がる、ふかふかの布団。
「どう言う事や…………………何で………………」
ベッド………………………。
『高橋ぃ………………………っ!!』
「………………………若……………………」
しかも、頭の中に僅かに残る、大和の自分を呼ぶ声。
「俺は、一体…………………っう……」
ない記憶を辿ろうとした途端、頭部を走る痛み。
思わず高橋は、両手で頭を押さえようと、もう片方の腕へ力を入れた。
グッ………………………
「……………………!?…………………何や、腕が動かへ……」
強い力で引っ張られる感覚に、高橋は視線を脇へと落とし、見えた景色に言葉を失った。
え……………………………。
ドクンッと大きく波打つ胸と、一気に熱くなる身体。
「わ……………………若…………」
どうりで、片手だけずっと温かかった筈。
高橋の見つめる先にいる、自分の手を握りしめ、ベッドへ俯せで眠っている大和の姿。
小さな寝息を立て、高橋の起き上がった振動でも起きない程、爆睡中。
よう…………………寝てはる………………。
自然と顔が綻び、身体中の神経がそこへ注がれる。
長い睫毛と、スッと鼻筋の通った高い鼻。
眠っていても、大和が綺麗な顔立ちをしている事がわかる寝顔に、高橋は掴まれた手を握り返した。
「若……………………………」
温かい感触と、口にする度に冷静さを取り戻す、愛しい名。
冷静さを。
「…………………………ふぅぅ……………っ」
大きく息を吐き捨て、肩で呼吸をする高橋の脳裏を過る、昼間見た光景。
黒河。
あれから言えば、多分歳は70を超えている。
それでも、脂ぎった汚ならしい姿は、何も変わっていなかった。
自らの闇に染まった、消す事の出来ない過去。
今が幸せ過ぎて、思い出す事すら拒んでいた。
そう、幸せ過ぎて。
「落ち着け………………今ここに、親父はおらん……………俺の過去を知る人間は、黒河だけや………………………」
親父は…………………………。
高橋は身を屈め、布団に顔を埋めた。
「………………………………父っ」
………………………………どうしたらええ?
彼処にいる限り、いつかは事を交える。
何故、いきなり現れたかはわからないが、きっと逃げられない。
またあの姿を目の当たりにした時、自分はまともにいられるだろうか?
会いたい、嵩原に。
自分がどうするべきか、嵩原の強さにすがり付きたくなる。
「若の…………………負担にだけには…………………」
それだけは、なりたくはない。
大切な大和にとって、今は大事な時期なのだ。
自分のせいで、身の回りを騒がせたくはない。
現在の高橋には、あの頃からは想像もつかない程の、かけがえのない守りたいものが出来ていた。
「高………………………橋…………………?」
そんな高橋の揺れを悟るように、大和は目を擦り、顔を上げる。
「高……………………………」
見上げた先を覆う、意識ある高橋の顔。
高橋が、気が付いた。
突然苦しむように倒れた、高橋が。
大和の瞳はみるみる大きくなり、キラキラと潤み出す。
「高橋っ……………………気ィついた!良かった…………良かった、高橋っ!!」
「わ……………………か………」
震える声で喜びを露にし、自分に抱き付く大和に、高橋も口元を緩める。
「申し訳ありませんでした……………………ご心配をおかけして……………………」
「そんなん……………俺の方こそ気が動転して、お前の名前を呼ぶ事だけで精一杯で………………京之介がおらんかったら…………………」
「安道さんが……………………?」
「ああ…………………!京之介が、お前をここへ運んでくれたんや。今、お前に食わせるって雑炊作ってくれてる筈やから、言うて来るわ!お前が、気ィついたって……………………っ」
やや興奮気味に、大和は高橋へ状況を伝える。
とりあえず、良かった。
今は、それしかない。
あんな苦しそうな高橋を見るのが初めてで、本当に怖くて、片時も側から離れられなかった。
大和は心の底からホッとした様子で、安道に知らせようと立ち上がった。
「若っ………………私が………………私が行きます」
「え…………………………?」
だが、高橋がそれを止めに入る。
部屋を出ようとする大和を引き止め、高橋は自分が行こうと、ベッドから足を下ろした。
これ以上、迷惑はかけられない。
自分が、動くべきだ。
気が付いた高橋には、既に身体の不良よりも、側近としての考えが前に出ていた。
「行くって………………………お前、倒れたんやぞ」
「はい……………………でも、もう大丈夫です」
大丈夫。
また、それか………………………。
大和は高橋の『大丈夫』に、表情を強張らせ、奥歯を噛み締めた。
「高橋…………………………」
「大丈夫です、若……………………」
大丈夫。
大丈夫って、何。
わかってる。
高橋が一番頼れるのは、今も昔も父親だけだと。
わかってるよ。
わかってるが、こんな時位頼ってくれてもいいだろ?
「……………………………俺は、お前の何なん」
「………………若………………?」
「何なん………………………高橋」
駄目だ、言っては。
高橋は、辛そうに倒れたばかり。
今、言うべきではない。
そう思うのに、想いが口をつく。
「俺は、ホンマに怖かったんや……………………お前のあんな姿見んのは、初めてやから。ホンマに、怖かったんやっ!!」
高橋を失いたくない。
高橋を失いたくないって、オーバーかもしれないが、考えた。
馬鹿な頭で、グルグル悪い事ばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消えていったんだ。
それが、どれだけ怖かったか。
「なのに、何で甘えてくれんねんっ!!こんな時でもお前は、親父やないとあかんのかァっ!!」
叫び声と共に溢れる、感情。
いつも、自分の前では弱味を見せない高橋に、大和の想いは滝のように流れ出る。
「あぁ、クソ……………………気持ちが昂って、目まで熱いわ……………俺かて、お前の力になりたいのに………」
昂った感情は、頬まで濡らす。
その濡れたものを懸命に拭いながら、大和は大切な右腕を見据えた。
「俺の不安を返せ……………………返せやっ!!アホんだらぁっ!!!」
渾身の叫び。
驚く高橋が、余計に胸に刺さる。
「……………………………若……………………っ」
生まれて初めてだった。
本気で、高橋に怒鳴り声を上げるのは。
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