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心配性の彼
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「社長、失礼いたします」
僕の会社、僕の部屋、そのドアがノックされる。返事をして、顔を覗かせたのは僕の愛しい人。
スラリとした長身に、一つに束ねた髪は金。完璧にスーツを身にまとった彼は、今は僕の秘書。
普段の優しい顔は今はなく、ただビジあえネスライクな口調で淡々と報告を続けていく。
秘書としての能力は問題ない。だけどこうも切り替えられると少し寂しい気がする。今まで見たことのない、仕事をする大人って感じ。
「最後に、本日は木村様と接待がございます。店は押さえておりますが、いかが致しましょう。同席いたしましょうか?」
「いや、大丈夫です。灰吏さ……天原さんは先に帰っていてください」
途端に彼の表情が曇ったのを、僕は見逃さなかった。でも僕だってもう大人だ。接待くらい、一人で出来る。その少しだけ鋭くなった視線に臆することなく、しっかりと見つめ返した。
「……車で待機しておきます。何かあった時は、ご連絡ください」
諦めたような様子で、でもやっぱり近くにいるつもりらしい。こういう頑固なところはこの兄弟はソックリで。これ以上は絶対に譲る気はない。
「分かりました。じゃあ帰る時になったら連絡します。何かあっても、必ず」
さっきまでの緊張が溶けて、安堵の表情を浮かべた。そんなに心配することなんてないのに。
「それでは、失礼いたしました。そうでした、何か飲み物をお持ちしましょうか?」
そう聞いてくれた灰吏さんに紅茶を頼むと、再びドアの向こうへと消えていった。
「はぁぁ……」
それを確認した僕は、盛大にため息をつく。
今日の食事ってそんなに危険なのかな?
実際父さんについて何回か食事をしたことのある相手だし、食事をするのは個室でって言っても、人の出入りはある。
”何か”なんて起こるはずがない。
まだ仕事も残ってるし、予定もそれだけじゃない。まだまだ不慣れな作業も多くて、お世辞にも仕事の効率がいいとはいえない。
第一今日先に帰ってって言ったのも、灰吏さんを思ってのことだった。
灰吏さんは、僕のために仕事を調節してくれている。僕がきちんと、無理なくこなせる量を、なんとか回してくれている。
そのために、仕事を始めてからの彼は、働き詰めだった。
今日は接待で最後だったし、本当に信用出来ない相手ではない。だから、早く帰って休んで欲しかった。
のに、だ。
「はぁぁ……っっっ!」
2度目の盛大なため息は、どうやら目の前にいる、手に僕のお気に入りのマグカップを持った男に聞かれてしまったらしい。
食事会やめるとか言われそう……もしくは仕事切り上げて強制送還とか……。
ウリエラを連れ戻しに天界に行ったあの時以来、灰吏さんはより心配性になった。
恐ろしいほど迅速に、僕の安全を確認してくる。
「お疲れですか?やはり今日の接待は……「いや、取り消さないで!……ください」」
やっぱり。
コトリと音を立ててマグカップが机に置かれた。取っ手から離れた手がこちらに寄せられる。
なんだろう?
優雅なその仕草は、僕に触れようとしたところで止まった。さっと手を引き、カップを僕の前に寄せる。
「無理はなさらないでくださいね。それでは、失礼します」
何だったんだろう。
何事も無かったかのようにドアに向かって歩いていく彼の背中を、だまって見送る。
心が、ゾワゾワする。
そうだ、仕事があるんだっけ。
机の上にたまりかけた書類に、再び視線を落とした。
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