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七夕 その2
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時を同じくして、また田沼と同じような状況で秋月は再び短冊を見つめていた。
願い事を短冊に書くだなんて、一体いつ以来になるのだろう。
記憶を遡ってみるも、幼稚園の頃にやったかもしれないといった程度の記憶しかない。
書いた短冊は井上が持ってきた笹(だと思い込んでいるが実は竹)に飾られるようだ。
下手な事は書けない。
緒方についてなどもってのほか。
これまで他人に興味もなく高跳びの為に生きてきた秋月にとって、緒方と過ごす時間というのは格別に甘く、人生観を覆す程の出来事の連続であった。
気づけばどっぷりと緒方に惚れ込み、事あるごとに些細な事でもとことん悩む。
結局緒方の深い愛情に救われては、またその想いを募らせる。
緒方がプレゼントしてくれたものを大切に大切に自室の引き出しにしまい、毎日左手の薬指にもらったおもちゃの指輪をはめては、緒方の気持ちの形を確かめ満足してから眠りにつく。
目を閉じ緒方の笑顔を思い出しては、無愛想なその顔で頬を染める。
ずっとずっといつまでも傍にいたいのだと、秋月はそれを望んでいる。
だがしかし秋月と緒方は男同士の恋人だ。
おいそれと人に話せるような関係ではない。
二人の関係を知ってるいるのは陸上部の三年生のみ。
誰が見るか分からない短冊に、緒方との事など書ける訳もない。
緒方さんはどんな願い事を書くのだろう。
そう思いを巡らせては、また緒方の笑顔が思い浮かんで頬が緩む。
そんな様子をクラスメイトの女子達がキャーキャーと騒ぎながら見つめている事になど気づかない。
緒方を想い意図せず吐き出す甘い吐息に、女子達が発狂しているのにも秋月は全く気づかない。
願い事は後回しに、秋月は黄色折り紙を手にした。
これでなにを作ろうか。
七夕飾りと言われてもどうすればいいのか分からない。
秋月は美術が苦手だ。
だが基本的にはかなり器用で、なんでもそつなくこなす。
鶴でも折ってみようか。
いや、七夕に鶴は関係ない。
輪つなぎでも作ろうか。
いや、黄色一色なのはいかがなものか。
秋月は空が好きだ。
だから青が好き。
なのに黄色の折り紙を選んだ理由は、七夕らしいからとか星を作ればいいからとか、そういったものではない。
朝練を終えた秋月は、少しの空腹を感じていた。
彼の大好物。
たまご蒸しパンを思わせるその色に思わず手が伸びた。
いっその事丸く切り抜いてたまご蒸しパンを作ろうか。
でも紙ではあの独特のふわふわ感を出す事はできない。
たまご蒸しパンの味が口いっぱいに思い出される。
もう食べたくて仕方がない。
今日は昼休みに購買に行こう。
たまご蒸しパンを買おう。
頭の中がたまご蒸しパンで埋め尽くされた頃、やはり秋月もホームルームの時間を迎えた。
一時間目の美術の授業を終えた一年生の笹倉は、短冊の事も折り紙の事もすっかりと忘れて、少しテンションが上がっていた。
今日は版画を掘る授業だった。
どの学校にも七不思議なるものや、怖い話や都市伝説的なものがある。
この高校でも例外ではない。
一階右端のトイレには、左から二つ目のドアを四回ノックすると花子さんが現れるという噂がある。
屋上に続く階段は、夜8時ぴったりに数えながら登ると本来12段しかないものが13段に増える。
深夜には音楽室に飾られた有名な作曲家達の肖像画が話し出す。
などなど、ありきたりなものだ。
笹倉は今日、新しい噂を初めて聞いた。
随分と昔、この美術室の掃除当番だった人が、ものすごい版画を見たという。
それはそれは生き物のような、未確認生命体のような、妙な怖さのある版画だったそうだ。
その掃除当番が怖いものみたさで放課後再び美術室を訪れた時には、なぜかその版画だけなくなっていた。
背筋が凍りそうな悲鳴がこだまし、掃除当番だった生徒は姿を消したらしい。
めっちゃ怖いけどみんなに話したい…!
この話をしたら柴田はきっと思いっきりビビる。
清人と理人はきっと同じ顔を引きつらせる。
想像しただけで楽しそうだ。
笹倉はそんな事を考えていた。
実際その版画を作ったのは彼の憧れの先輩である秋月で、昔の話ではなく去年の出来事。
消えた版画の謎の正体は秋月の親友とも呼べるサッカー部の山田が、秋月の名誉の為に版画が乾いた事を確認し、自分の版画下にこっそり隠したというだけの事。
いつの間にか掃除当番の話に尾ひれがついてしまい、よもや七山高校を代表する怖い話に加わってしまった。
その掃除当番が噂のように姿を消す訳もなく、今現在秋月と同じクラスの宮本という人物である事を笹倉は知る由もない。
当の宮本はあまりにも話が大きくなり過ぎて、これまた自分が噂上で消された事になど気づいていない。
笹倉は部活仲間の怖がる顔を想像しながら、軽い足取りで教室へと戻って行った。
つづく
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