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ジャーッ…
洗面所の脇にメガネを置いた俺は、真っ赤になった両目を鏡で見つめてため息をついた。
流しっぱなしの水道が消しさったその音は、俺の耳だけを苦しめるように笑う。
「コンタクト、今日も入れづらそうだな…」
腫れた目が、レンズを邪魔するのもいつものことで。
同室者に涙を隠すためだけに用意したメガネは、きっともう機能していない。
だけど、俺はやめない。
いらない事実は、誰にも見えないように埋めるに限るだろ?
それがどんなに、俺を苦しめることになったとしても、
俺は、やめないんだ。
「そういえば雪、今日転校生来るって。」
リビングに戻ると、いまだゆったりとコーヒーを飲む蘭が言った。
さらさらとした黒い髪、
まるでつけまつげのようにバサバサと目を縁取る睫毛は、
大きな目をより大きく見せている。
そんな、女子が羨むような容姿を持つ彼の唇が優雅に動くのを見詰めながら、
「へぇ。」と一言つぶやいた。
「どうでもよさそうだねぇ?」
クスクスと笑う蘭。
「うん、だってホントどうでもいいもん。」
「どうする?雪より可愛い子が来ちゃったら。」
可愛いランキング1位の座が危ないよ、と蘭。
「だから俺べつに可愛いとかじゃないってば…。
でも、それは困るなー。
食堂のタダ券は手放したくないもんな。」
「ふふ、ほーんと、雪はいつまでも雪だねえ。」
ふわり、蘭が笑った。
「ね、ちょうど1年前さ、ここで僕らが会ったときのこと覚えてる?」
「…その話、もうしないって決めたじゃんかっ」
恥ずかしくって死ねるんだって…!
「雪ったらさ、勝手に一人部屋だと思い込んでて。
入って来た僕に威嚇したよねー」
あぁあ!もう!だからやめてってば。
「あのときの雪、まるで捨て猫ちゃんみたいだったなー、
だあれも信じていないようなおめめして、
でも心のどこかで誰かに気付いて欲しいって思ってるようなさー。」
「何それ、意味わからん。」
-雪って、猫みたい。
…そういう鋭さは、今必要ないよ蘭。
「雪は、ホント、いつまでも、雪。」
誰にも懐かない気丈な黒猫さーん、とふざけた口調で言う蘭の目は、
どこか寂しそうに窓の外を見詰めていて。
毎度のことながら俺は何も言わなかった。
言えなかった。
ごめんな、蘭。
別に蘭のこと信じてないとか、そういうんじゃないから。
ただ、
記憶にないことを打ち明けるなんて、そんなことできない。
俺が毎晩泣く理由は、
そういった矛盾の中で笑っているんだよ、いつも。
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