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…くそっ………くそ…っ!!
…なんで…………何でだよっ…!
…せっかく……こんな身体になって……。
…あいつと同じ……”人間になって”…。
…わかってくれるって……思ってたのに…っ。
……やっぱ嫌いだ……あんな奴………嫌いだ…っ!!
「っ………くそっ!!!」
◎
「はい、これでよし。」
居間の棚から救急箱を取りに行った奈緒子は、中から消毒液とガーゼ、それから包帯を取り出すと、祖母の部屋で遥歩の腕を手当てした。
手慣れた手付きで包帯を巻いていく奈緒子。
実は、彼女は5年前まで看護婦として働いていたのだ。
今は父親の”慎”と共に、畑の仕事を手伝っている。
「…ちょっと、大袈裟じゃない?包帯って…。」
「何言ってるの。痛むんでしょ?」
「…まぁ。」
「なら、これでいいのよ。」
そう言って消毒液などを片付け、奈緒子は救急箱を元の場所に戻しに行こうと立ち上がった。
そんな奈緒子を、遥歩は腕をさすりながら呼び止めた。
「母さん…あのさ…。」
「ん?」
「……ちゃんと、説明してよ…さっきの。」
「…まだ信じてあげられないの?」
その言葉が、遥歩の胸に鋭く突き刺さる。
奈緒子は、再び救急箱を持ったまま、部屋の畳に腰を下ろした。
「……いや、信じる信じないって話じゃなくて……ていうか…さっき噛み付かれた時…ほんとにそうなのかな…とか思ったし…。」
「…そうね。あんた、虎鉄に毎日噛まれてたからね。」
「…。」
奈緒子の言葉に、遥歩は自然と苦い思い出が蘇る。
…あの噛み付き様…本当に虎鉄そっくりだった。
…いや、こんなのおかしいって事はちゃんとわかってる。
…虎鉄は…犬のはずで、人間ではないのだから。
「…母さんはさ、何であの人が虎鉄だって思ったの?」
遥歩はずっと気になっていた事を、奈緒子に問うた。
「何でって…あの態度の悪さとか、髪の毛の感じとか…虎鉄そっくりじゃない?」
「……。」
「それに、今犬の姿の虎鉄は、うちのどこにもいないし…最初はびっくりしたのよ?島崎さんのお家の畑仕事手伝って、家に戻ってきたら、素っ裸の色男が婆ちゃんの部屋で眠ってたかんだから。」
「すっ!? け、警察に通報とかしなかったのかよ!?」
「しないわよ。だって私には、あの子が虎鉄だってすぐにわかったんだから。」
「っ…。」
…恐るべし女の勘…いや、母の勘…。
…やっぱ、俺が思ってるよりも、母さんの頭はメルヘンに作られているんだろうか…。
そんな事を考えながら、奈緒子に手当てをしてもらった腕を見つめる。
「…ていうかさ。そもそもな話、あれが本当に虎鉄なんだったら…これってとんでもない事なんじゃ…。」
「そうねぇ。」
「軽っ!!いやいや軽すぎだろ!よく考えて!?つい昨日まで犬だった虎鉄が人間になったんだぞ!?どんな生物の進化!?」
「細かい事はいいじゃないの。」
「良かないだろ!」
「…そんな事より…。」
混乱しまくる遥歩を見て、溜息を吐きながら奈緒子は再び救急箱を持って立ち上がった。
「あの子の事、追いかけなさい。」
「えっ。」
「あんたがなかなか気付いてあげないから、虎鉄は家を飛び出して行っちゃったのよ?」
「うっ…で、でも…。」
…この状況を上手く理解出来てないのに、追いかけるなんて…。
…でもあの様子だと…相当傷ついた…よな…。
俯いたまま動く気配のない遥歩を見兼ねてか、奈緒子は更に深い溜息を吐き、少し間を空けて口を開いた。
「…あの子ね、あんたが東京に行ってから、ずぅっと玄関で寝るようになったの。」
「……。」
……え………?
思わぬ言葉に、遥歩は耳を疑った。
顔を上げ、奈緒子の顔を見ると…彼女はとても穏やかな笑みを浮かべていた。
「どんなに部屋に連れて行っても、気付いたら玄関の前に座って…扉をね、ずっと見つめてるの。」
「………うそ…。」
…あの虎鉄が…?
「そんな様子を見ててね、すぐにわかったわ…あの子は、遥歩の事を待ってるんだなって。」
「…。」
胸が…ぎゅっと締め付けられているかのように痛い。
気のせいだと思うが…噛み付かれた腕の傷よりも…痛い気がする…。
…つい昨日気付いた事だけど、俺は虎鉄に嫌われているんじゃなかったのか…?
…それなのに、いつ帰ってくるかもわからない俺を…ずっと玄関の前で…。
…待って…───。
「……ごめん、母さん…ちょっと行ってくる…!」
「…はいはい。」
そう言った遥歩は祖母の部屋を飛び出し、靴を履いて扉を開け放った。
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