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「個性的な格好だな、どこで買ったの?」
愛想よく、愛想よく、と心ん中で唱えつつ、ハムスター女に話しかけると、「手作りにゃん」って言われた。
手作りかよ! と心ん中でツッコんで、「上手じゃん」と誉める。
自分の担当する客にも滅多にしねぇヨイショをすんのは、この女がそこそこ金落とす上客だからだ。
この辺の情報は、黒服がよく知ってる。
シャンパンコールのセッティングをすんのも黒服なら、ヘルプを回したり、売り上げの管理をしたりすんのも黒服。今日は現金の手持ちが少ない……なんて時には、予算を伝えりゃ黒服がきっちり計算してくれる。
「史樹さんの太客です」
ヘルプに入るとき、そんな前知識をくれんのも、黒服の仕事の1つだった。
「今日はその服で来たのか?」
リオンが水割り作んのを横目で見ながら訊くと、ハムスター女は「うううん」と首を振った。
「トイレで着替えたにゃん」
わざわざ着替えたのかよ、と心ん中でツッコミつつ、「へぇー」と笑う。慣れねぇ愛想笑いに、いい加減頬が引きつりそうでヤベェ。
トイレには確かにフィッティングスペースがあるけど、ナイトドレスに着替える女もいるっつーのに、なんでキグルミだよ、意味分かんねぇ。
もしこれが自分の客なら、とうに2、3発ベシッといってるとこだ。
まだ10分も経ってねぇけど、ツッコミどころが多すぎてストレスが溜まる。早く誰か、指名来ねーかな? 自分の客が来てくれりゃ、後はリオンに押しつけて、自分の接客できんのに。
そう思ってると黒服が来て――。
「リオンさん、ヘルプ指名です」
そんなこと言われて、ガーンとなった。
「えっ、うわ、はい」
うろたえながら立ち上がり、オレとハム女と黒服とに戸惑ったように視線を移すリオン。
「姫待たせんな」
ぼそっと指示してやると「ひゃい」って奇声を上げたりするとこは、相変わらず不慣れでホストらしくねぇ。
けど、そういうのがウケて、ヘルプ指名が増えてんのも事実だ。
実際、目の前のハムスター女も、「あの子可愛いにゃん」とか言ってるし。弟扱いっつーか舎弟扱いっつーか、ともかく、一部の客に人気があんのは確かだった。
本指名に比べりゃ安いし、自分の客になる訳じゃねーけど、指名は指名だし、皆無よりゃマシだ。
「気に入ったんなら、ヘルプ指名してやってよ」
リオンの去ってった方をちらっと見て、客に話を向ける。
「そうだにゃん。お兄さんより、楽しそうだにゃん」
そんなことを言われ、さすがにムカッとしたけど、顔に出す訳にはいかなかった。
「んなこと言うなよ、オレも結構人気あるんだぜ?」
「えー、史樹にゃんより?」
それはさすがにうなずけなかったけど、正直に告げんのはしゃくだから、「どーかな」つって誤魔化しておく。
史樹、早く来ねーかな。
そう思ってんのはオレだけじゃねーみてーで、ハムスター女もケータイいじってゴネ出した。
「ねー、史樹にゃんまだぁ? もう47分30秒も待ってるにゃん」
測ってんのかよ、と心ん中でツッコミ入れつつ、「そーだな」と相槌を打つ。
キグルミ女を相手にしたくねぇのは分かるけど、待たせ過ぎだろ、って史樹にもちょっとムカついた。気合入れて着替えたのに放置されたんじゃ、拗ねたくなんのもまあ分かる。
まったく、売れっ子はコレだから。
けどそう思っても、他のホストが担当する客に、「オレにしとけよ」なんてことは言えねぇ。そういうのは地雷通り越して爆弾って言われて、ペナルティくらうくらいのタブーだ。
そういうのを平気でやらかすゲスホストもいるけど――少なくとも、うちの店では関係のねぇことだった。
史樹にムカついたって、史樹の客を取ろうとは思わねぇ。
「シャンパン頼んだら飛んで来るんじゃねぇ? コールしてやるし」
「ホントにゃん?」
疑わしそうに訊くハムスター女に「おー」とうなずきながら、近くにいた黒服に目配せする。
シャンパンにつられたのか、それともオレのストレスの限界を恐れたのか、史樹がテーブルに来たのはすぐだった。
「姫、お待たせー」
床にひざまずき、ハムスター女の手を恭しく捧げ持つ史樹に、「遅ぇよ」と文句を言う。
「今日も可愛いよ姫ぇ、オレ小動物大好き。もういっぱい撫で撫でしちゃいたい」
って。こういう臭いセリフを爽やかに言い放つのは、さすがに売れっ子だなって感心しねーでもねーけど、オレは真似はしたくねぇ。
客をデロデロに甘やかすホストもいれば、滅多に甘やかさねぇホストもいる。リオンみてーに、女に可愛がられるホストもいる。
「な、言った通りだろ」
ハムスター女に声をかけると、女は史樹に頭をよしよし撫でられながら、両手を口元に当てて「にゃん」と笑った。
「目つきの悪いお兄さん、名前知らないけど、ありがとにゃん」
「は?」
自己紹介したし名刺も渡したのに、何だソレ!? 女の横に余裕で座り、ぷぷーっと吹き出してる史樹にもムカつく。
……覚えてろよ。
黒服からマイクを奪い取り、シャンパンコールするフリで立ち上がる。
『シャンパンの記念に1曲歌うぜーっ!』
マイク越しに叫ぶと、「おおーっ」と囃す声とともに、周りのテーブルからヘルプがドッと集まった。
シャンコ、シャンパンコールには色んな種類がある。それと同じく、ビンダコールにも種類がある。
『きょーおもシャンパン飲みたいーっ、美味しいシャンパン飲みたいーっ。キレイな姫と見つめ合いーっ、一気にシャンパン飲みたいーっ』
歌い出しでシャンコじゃないって気付いた史樹が「ちょっと、嵩!」って叫んでっけど、知ったことじゃなかった。
歌うっつったら歌うし、コールするっつったらコールするっつの。仲間の客を取んのはタブーだけど、仲間にビンダ、つまり一気飲みさせてハメんのはタブーでも何でもなかった。
『ビンダビンダー(Hey、)ビンダビンダビンダーあー、ビンダビンダー(Hey)、ビンダビンダビンダーあー、ビンダビンダー(Hey)、ビンダビンダビンダーあーあー』
ヘルプが合いの手を入れ、ノリノリで手拍子を打つ。
飲み切るまでエンドレスで続くコールに促され、シャンパンのビンに口付けて、一気飲みしてく史樹はいつも通り涙目だけど、ちゃんと飲み干すとこはプロだ。
「嵩、覚えてろよ!」
って、それはこっちのセリフだっつの。
周りで賑やかすヘルプの中に、見慣れリオンの顔を見て、ほんの少し溜飲が下がる。
上から押し付けられた教育係だったけど、やっぱコイツが側にいねーと何か落ち着かねーなと思った。
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