アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
13.5‐ⅰ
-
まさか彼が乙常に会いに来たとは、想定内というか想定外というか。もっと別のタイミングだと思っていた。
乙常に嘘をつくのは嫌だった。対等であることを望んだあの日からずっと、よほどのことが無い限り嘘は言わないようにしている。“ウィル”が父の仕事仲間だというのは本当だ。
今から三か月前の夜、身なりを整えた父と彼が乙常の去った店に入ってきた。彼とは端末上でのやり取りはあったが、顔を合わせたのはあの時が初めてだった。不在だった三ヶ月、彼と指示された任務に就いていた。
その間に彼が見た目通り世話焼きで好奇心旺盛な少年のような男だと知った。それに直に触れる度、その優しさが乙常を巻き込むことになるのではないかと冷や冷やしているのだ。
害のある人ではないのは分かっているが、要因には成り得る。
眞戸は横目で乙常を見た。彼は落ち着かなそうに窓の外を見ている。確かに、急に高級ホテルのスイートルームに連れてこられたのだから、仕方のない事なのだろう。外の景色の方が、まだ現実味があるのだから。
眞戸は乙常の背に向かって足を進める。そしてそのまま、愛しい人をぎゅっと抱きしめた。
「まだ夜景を楽しむには早いと思うのだけど、君には何が見えているんだい?」
「何も…。ただ現実を見たいとは思っている」
「ははっ、君は本当面白い。……ねぇ、乙常くん。こっちを向いてくれないか」
眞戸は腕をほどいて彼が動くのを待った。ぎこちなく、それでも直ぐに乙常は体を回し、眞戸を見た。
「これが現実だ。今君は僕とホテルにいる」
「あぁ…。そう…だよな」
「うん。……変な意味ではないから…ね」
「分かっているさ。それに、もしそうだとしても心の準備がな…」
もごもごと言うと、眞戸は思い切り吹き出して笑った。
乙常が見てきた中でも、彼にしてはかなり珍しい笑い方だ。眞戸はどんな仕草も上品だ。もちろん、笑う行為一つでも。こうして腹を抱えて笑うことは滅多にない。
しかし、と乙常は思う。ここまで笑うことを自分は言ったのだろうか。確かに、一瞬でもそういうことは頭をよぎったし、眞戸に言われたことでなおさら意識はした。
顰め面で情報整理を始めた乙常に、眞戸は内心からかい過ぎたと反省し、彼の頬にキスをした。それが乙常の頭をさらにかき回しているとも知らずに。
「あのなぁ…」
「ご、ごめん…」
「何でお前が照れるんだ」
「思いの外恥ずかしかったから…」
眞戸は目を泳がせて、そのまま黙った。
される方も恥ずかしい。それでも、眞戸に目の前で赤面される方が何倍も顔が熱くなる。
相変わらず彼の体は華奢だ。外の夕日を染み込ませた彼の白いシャツは、心なしか少し大きく見える。痩せたのだろうか。この数ヶ月で。
先程抱きしめた時は、会えたことが嬉しくて、そのことで頭がいっぱいだった。
今なら、何かわかるだろうか。
乙常はゆっくりとした動作で彼を腕の中に収める。肩を撫で、背を撫で、腰まで手を這わせた。
前よりも、細くなっている。引き締まったわけではないことくらい、骨ばった肩に触れた時に分かった。
「あ、あの、乙常くん」
「ん?」
「そんなに触られると…その…」
「あ、あぁ。悪い」
「いや、良いんだけれど、どうしたんだ?急に」
「ボディーチェックをな」
「ふふっ、何のだい?」
「お前のだ」
「それは分かっているさ。それで、何か見つけた?」
「痩せたな。お前」
「そう?」
眞戸は首を傾げた。確かに忙しくて食べない事はあったが…と口にして、今日もまだ何も食べていない事を思い出した。
気が付いたら急にお腹が空いてきて、気持ちよく腹が鳴った。
「実は今日まだなんだ」
「お前は本当…ずぼら」
眞戸は何も言い返せなかった。まさにその通りだと、納得するしかなかった。
乙常はため息を一つこぼすと、食いに行くかと眞戸の肩に手を添えて、体を離した。細くなったなと、心の奥でもう一度言って。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
64 / 84