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15-iii
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「何でこれと二人でいるんです?」
彼の第一声はそれだった。『これ』とは坂間のことだろう。
二人が顔を合わせると、仲介人がいない限り口喧嘩が始まる。眞戸はそうなる前に、檜原に似たような質問をした。
「僕が聞きたい。何故君がここに?」
「大変そうだから手伝いに来た」
「いつもなら断るところなのだけど、今日は状況が状況だからね……甘えさせてもらうよ」
眞戸が渋々と感謝の言葉を口にすると、檜原の表情は一気に和らいだ。そしていつもの調子で、それでも本人は大真面目にお決まりの台詞を口にする。
「それならここで雇って」
「それは無しだ」
眞戸はキッパリと断った。何度断っても、彼はなかなか諦めてはくれない。しかし、それなら眞戸が来いとは決して言うことがなかった。眞戸の作った眞戸の店でないと意味が無い。以前チラリと彼の口からそう聞いたことがある。何故そこまで眞戸に固執するのか、眞戸はもちろん、檜原以外誰にもわからない。
檜原はまたかと口を尖らせると、視線をスッと横に滑らせて、坂間に冷たい目を向けた。
眞戸はその瞳に、立ち入ってはいけない空気を感じていた。二人に小声で「裏でやってくれ」と呟いて、その場を離れる。
手短にと付け加えたのは果たして聞こえたのだろうか。次に振り返った先に二人の姿は無かった。
眞戸は、一人で忙しく動いている靘耶の元へと急いだ。数分とはいえ一人で全てをこなすのは大変だったはずだ。
幸いなことに、リニューアルしてもそこまで大きくなったわけではないし、その分座席数がたくさん増えた訳でもない。それでも、経験したことの無い人数の接客がきついのは、眞戸が坂間のホテルを手伝っていた時に知ったことだ。
お待たせと眞戸が声をかけると、靘耶は少しだけ顔を明るくして小さく頷いた。
その頃、二人きりになった坂間と檜原は不穏な空気の中、向き合っていた。喧嘩をするわけでもなく、ただ真っ直ぐにお互いの目を見ていた。
「あんた、こうなるってわかっててやったのか」
檜原が低い声で坂間に問いただす。あぁ。と、短く答えた彼に、檜原は大きくため息を漏らすと、わざとらしく額に手をあてた。
「あんたがそんなことしたら、あの人はどうなる?下手したらマスコミだって引き寄せることになるんだぞ?分かってたのか?」
威圧感のある檜原の物言いに、坂間はどことなく腹が立った。口調にその感情はわかりやすく出てしまう。
三十を過ぎてもこうして本音を隠しきれないのは、自分でも好ましく思っていない。それでも、年下相手に言われっぱなしというのは癪だし、余裕が無いと思われるのも嫌だった。
「それも分かってる」
短く、冷静を装って返事をする。そんな坂間とは対照的に、檜原は声を荒げた。
「じゃあ何で…!」
今にも掴みかかりそうな彼の剣幕に、怯むことなく坂間は目を真っ正面から見据えて、自分の意志を口にした。
「何がなんでも守りたいんだ。彼を…それが例え眞戸くんにとって邪魔なことだったとしても、俺は………」
そこで言葉を切った坂間は、きつくエプロンの裾を握り締めて俯く。その肩は小さく震えていた。それを見た檜原は、深呼吸をするかのように大きく息を吐き出す。もう数秒前までの刺々しい感情は消えて、がしがしと頭を掻きながら、檜原は口を開いた。
「…ったく、あんたはそういう変に大胆なところが駄目なんだ。他にも方法はあったはずなのに………本当、不器用」
「なっ、お、お前に言われたくない」
「俺は手先が器用だから」
あんたとは違うと挑発的に笑われたが、坂間には何も返す言葉が見つからなかった。
「まぁ、過ぎたことは仕方ない。ここからは俺があの人を守る。世間からも何からも」
「どういう意味だ」
「あんたばっかに良い格好させてられないし」
檜原は口角を上げて、坂間の肩を優しく叩く。叩かれた本人は少し顔をしかめただけで、仕返しも何もしようとはしなかった。
「じゃあ、戻りますか」
檜原のその一言に、また坂間は眉根を寄せる。
「また喧嘩の振りをするのか?」
「あの人を騙すには完璧にやらないと」
「まぁ、そうだな………」
二人は目を合わせて頷くと、また扉の外へと、お互いを口汚く罵り合いながら出ていったのだった。
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