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BL Land「2014 Valentine」Tour{増刊特集}
憂鬱なクーベルチュール⑤
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夕方とは言っても夏の日が落ちるにはまだ早い。
アスファルトからの熱気とそこここを車が走り抜ける国道沿いの舗道はただ歩いているだけでさっきシャワーを浴びて出てきたにも関わらず、じんわりと汗が浮かぶ。
駅に着くまで、もうあと少し。
昨日バイトからの帰り道、滅多に鳴らない電話がジーンズのポケットの中で震えた。
(メール?…いや、長いから電話か)。
腰履きにして位置がずったポケットから携帯を取り出し、光るディスプレイに浮かんでいた文字は「加賀美 芳彰」。
目に入った瞬間、心臓が跳ね上がり体温が3℃は上がった気がする。
そして、その一瞬後にざっと心が冷えた。
シャツの中で浮いた背骨を汗が伝う。手の平に汗が滲むのがわかる。
尋常じゃない緊張に青ざめながら、じっとディスプレイに見入るが振動が止まる気配はない。
前から来たサラリーマン風のふたり連れとすれ違う際、道の真ん中で立ち止まっていたせいで肩と腕ががん、と当たった。
「おっと、すまん」
「あ、いえ…」
持っていた携帯を無意識に握りしめ、通話ボタンを押してしまったのか。
呼び出しが切れたのだ、と思い込み携帯を手にしたままずり落ちたデイバッグの紐を肩にかけようとしたときに
「木崎?」
とかすれた、少し硬くて低く響く声が耳に届き、心がざわめいた。
引き寄せられるように、携帯を耳に充てる。
もう一回、聞きたい。
そう思った瞬間に「木崎?」と繰り返された心に響いてしまう低音。
たったひと声に、僕はこんなに魅了されてしまっている。
熱に浮かされるかのように苦しくなり「うん、うん」と相槌をいくつか返し口が重い男との通話は呆気なく切れた。
始業式の日に言えなかったあの時のひと言を、何度も何度も。
他に何も、言うことができなかったから。
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