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息を殺して、橘が話し出すのを待っていると、深く息を吐いた橘が、再び真剣な声で話しだした。
「俺の好きなやつは、俺みたいな不良にも普通に話しかけてくれるような、すげえいいやつなんだ。…俺も最近、そいつを見習って少しずつ授業出るようにしたり、してるし。」
橘が好きな相手は、どうやら誰にでも分け隔てなく接する、真面目な人らしい。最近サボリ魔だった橘が、授業に出るようになったのも、その人の影響だったのか。
教室でも会えるようになったことに浮かれていたけど、恋敵が理由で橘が変わったのだと思うと…悔しい。男か女かもわからない恋敵を想像して、もやもやとした気持ちを感じながらも、声には出せず、そのまま黙って橘の独白を聞く。
「今はこんな金髪だけど、この前、そいつに聞いたら黒髪もいいんじゃないかって言われて…今日帰ったら染めるつもりだ。俺は、あいつに釣り合うようになりたい。もし、恋神様ってやつがいるなら…俺のこの恋、叶えてくれよ…」
最後の一言は、絞り出したみたいな、掠れた声だった。まるで、叶わないと思っているかのような…苦しそうな声。そういえばこの前、橘に髪色について聞かれて、俺も同じようなこと言った。でも、きっと好きな相手に言われて、黒髪にするのが似合うのか不安だったんだろう。不安になんてならなくても、イケメンなんだからなんでも似合うのにな。…まあ、こんなこと恥ずかしくて本人には言えないけど。
橘の独白が終わり、しん、と静まりかえったトイレの中。橘は黙ったまま、立ち去る様子はない。どうしたものか、と思っていると、橘の辛そうなため息が、小さく聞こえてきて…俺は思わず、口を開いてしまった。
「…あなたのその恋、叶いますよ」
勿論、声は多少変えた。俺だってバレたら、お互い気まずいことこの上ないだろうから。いくら声を変えたとはいえ、正直この時点でバレてもおかしくなかったけど、予想外にも橘は、俺の正体については追及せず、少し黙ったあと、小さく、本当か?と聞いてきた。俺は、橘がこの扉をこじ開けたり、中を覗こうとしてこないことに安心し、はい、と返事をする。
「…さんきゅ。…なあ、明日もまた、話しに来ていいか?」
橘の声は、さっきまでの苦しそうな声から、穏やかな声に変わっていた。耳に心地いいその低い声を聞きながら、俺は恋神様になりすまして、はい、と、静かに返事をした。
それから橘は、また明日、と言ってトイレを出て行った。俺はしばらく、すぐに出て橘と鉢合わせることを懸念して、個室にこもっていた。個室の中で俺は、橘を騙してしまったという罪悪感と、橘と話せた喜びと、まだ見ぬ恋敵への嫉妬とで、ひたすら悶々としていたのだった。しばらくして、橘がいることを警戒しながらトイレを出たけど、彼が待ち伏せしているようなことはなかった。
それからというもの、橘と俺の不思議な逢瀬は、一週間にわたって続けられた。放課後、ホームルームが終わるとすぐ、俺はあの個室に向かった。橘は、その五分か十分後にやってきて、少しだけ恋愛相談をして、帰っていく。結局一週間経った今でも、橘の好きな相手の名前は、わからないままなのだけど。
もともと生徒が来ない所にあるトイレで、仮に誰かが来たとしても、中に橘がいるのを見れば、慌てて立ち去る。だから、今までこの逢瀬を、誰かに立ち聞きされたりするようなことはなかったのだった。
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