アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
本当のこと
-
筑紫と二人で他愛ない話をしながら食事を済ませた。
店を出て、並んで城下町を歩く。途中、ちらほらと雪が降ってきた。
「筑紫、この間は……心配かけてごめんね」
「え、あ。そんな、謝らないで。確かに心配はしたけど、露朱が無事ならそれでいいんだ」
そう言って筑紫が笑みを浮かべる。
「それに、もうケガしないようにするって言ってくれて、嬉しかったし」
自分で言いながら照れたらしく、筑紫は顔を赤らめた。
「うん。ぼくが傷つくと、悲しい顔する人がいるって知ったから。悲しい顔を見るとぼくも悲しいんだって気づいたから」
だから自分のことを大切にしなくちゃいけない。
「筑紫のお陰で気づけたんだよ。ありがとう」
真っ直ぐ筑紫を見つめる。
店の外がこんなに楽しいことも、ご飯が美味しいことも、ガラスの兎が美しいことも。
全て筑紫が教えてくれた。
露朱の心からの言葉だ。少しでも伝わればいいと、露朱は思った。
「そんな……お礼を言わなくちゃいけないのはぼくの方だよ」
筑紫が潤んだ瞳を露朱に向ける。
「露朱に出会わなかったら、分からなかったことがいっぱいあったよ。ありがとう」
露朱も筑紫も、いつの間にか立ち止まっていた。
泣くのを我慢して鼻を赤くしている筑紫に微笑みかける。
それを見て、筑紫は鼻だけではなく顔全体を赤くした。
露朱は少しうつむき、口を結んだ。
まだ筑紫に謝らなければいけないことがある。
露朱は肩にかけた小さな鞄から、一通の手紙を取り出した。
「手紙、書いたんだ。筑紫に」
手に持ったそれを筑紫へ差し出す。あの日と逆だなと露朱は思った。
「嬉しい……ありがとう」
「今、読んでもらえる?」
筑紫が封筒を開けるのを緊張した面持ちで見つめる。
紙の上に書かれた文字を見て、筑紫の表情が少し動いたのを露朱は敏感に感じ取った。
「……今まで渡した手紙は、ぼくが書いたんじゃないんだ。津義に書いてもらってたんだ」
うつむいたまま震える声で告白する。握りしめた手のひらに、自分の爪が食い込んで痛い。
「本当はぼく、字が書けないし読めないんだ。騙すつもりはなかったんだけど……ごめんなさい」
手紙の字をきれいだと言われた時。
本当のことが言えず、結果的に嘘をついてしまったことがずっと心に引っかかっていた。
けれどもう、この青年に嘘はつきたくなかった。
覚えたばかりの醜い文字。けしてきれいなんかじゃない。これが本当の自分なのだ。
筑紫は何も言わない。嫌われてしまっただろうか。
露朱は怖くて顔を上げられずにいた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
29 / 31