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春、出会い、そして…… 第四章 ③
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「さて、と。勇君。本当は一番初めに言いたかったことがあるの」
亜希羅は場の空気が、正が入ったことで緊張したところで切り出す。
本当は、最初に言いたくて、でも、秀と太一に、昼は和やかにと言われて言えなかったこと。
言うのにも、勇気がいるけど、それでも、言わなければいけない一言。
「沙久羅さんを、助けに行けなくてごめんなさい」
気付いた時には手遅れだったなんて、言い訳にしかならない。
自分はあの時すでに自由に動ける身だったのに、と亜希羅は唇をかむ。悔やんでも、悔やんでも。後悔の念はずっと心の中にあって。
「あの時、もうすでに勇君もあの場所にいなくて」
どうしたら良いのか、わからなくなってしまったのだ。勇を探したけれど、見付からなくて。勇だけは、田村さんが間に合ったのだ、と結論を出すことにして。
「亜希羅さん、母のこと忘れないでいてくれて、ありがとうございます」
勇は、そう亜希羅に告げた。
あの時、たしかに助けに来てほしいと願いはしたけれど。でも、今の亜希羅を見たら、助けようとしてくれていたことは勇にもわかる。
だから、ありがとう、だ。
攻める言葉なんて勇にはない。自分が、一番無力だったのだから。
ポロポロと、亜希羅の瞳から雫が流れ出す。
「亜希ちゃん」
今は正が説明を担うべき人で、なら自分の役目だろう、と聖は亜希羅を抱き寄せる。か細い声で、ごめんと謝る彼女に、大丈夫だと力を込めて。
この場で、亜希羅も正の説明を聞きたいだろう、と場所を移動するのは止めた。ただ、彼女が落ち着くようにと、抱き締める。
亜希羅一人が責任を負うべきことじゃない。それは誰もがわかっている。存在を認知していなかった、なんてことはただの良い訳だ。
だから、正はそこについて、言及しないことにした。
追及するべきは勇だ。彼が、今その話しを深く追求しないことに、そこに甘えてしまっている自分を攻めながら、正は話しを進めることにした。
「今回の泉林の件も、沙久羅さんの件に関しても、指示を出した術者は天野義久という男です」
結論から簡単に。
術者と言う聞きなれない言葉にだろう、勇が少し困惑したのは見えたが、力についての説明は、後からいくらでもできる。
まず知るべきは、敵の正体。
「田村さん、勇君のお父さんと、対立している陰陽師です。ただ、昔に田村さんに術を封印されたと思っていたのですが、回復して復讐に沙久羅さんと勇君を襲ったようです」
確信めいた正の言葉に、その場の全員が正を見る。
「正兄、今までどこにいた?」
秀が聞く。
ちなみに秀の調べ物は、正の携帯電波を辿っての追跡だ。が、何もわからず正がこちらに帰って来ていることだけはわかったので、中断した。
どこに行くとも、誰と会うとも言わずにでかけた兄を、秀なりに気にしての行動だから、そこは正もわかっている。わかっていて、何も言わない。
「天野に会って来ました」
あっけらかんと明かされる。
ガタタ
と音をさせたのは、秀と聖そして亜希羅さえもだった。
敵だとわかっていながら、会いに行ったという兄。驚くなと言う方が無理だ。
慌てて倒れたコップを戻しながら、秀が溜息をつく。どおりで、どんだけ探しても電波を辿れなかったわけだ。意図して、電波妨害をこの兄はやってのけたのだろう。
聖は慌てた拍子に、カップを下に落としてしまっている。割れなかった。と安堵の息をはきながら、それでも中身は零れてしまっているので、亜希羅を離し、ぞうきんを取りに行く。
亜希羅は、まず自分は落ち着こうと、飲もうとした紅茶のカップを掴み損ねて机が大惨事だ。布巾を取りに立ったのは、純だったが。
「正さんすげぇ」
太一はのんびりと、感想のようなものを言い出す。
突拍子もないことをするのは、太一だけで充分だ。と思ったのは、聖なのか、秀なのか……もしかしたら、正と太一と勇を除いた全員かもしれない。
「それで、まぁ、宣戦布告もしてきましたし。しばらくは大丈夫だと思いますが、勇君」
正がまた突拍子もないことを言っている。言っているが、ここは流すところだ。一致した全員の心の中。
呼びかけられた勇は、緊張気味に正を見る。
「ここに、引っ越して来ませんか?泉林の寮と同じような扱いだと思ってくださってかまいません。力のことも教えたいですから」
言われた勇は思案する。今日、学校に起こったようなことが、寮で起こってしまったとしたら?と。
昨日解いた荷物をまたまとめることにはなってしまうが、力のことも知りたい。父に、近付けるかもしれない。
母の思いは、きっと、仲間と共に生きること。それならば。
「俺が引っ越してきても、迷惑にならないのでしたら」
はっきりと答える。
今はまだ、守られているだけの自分。それが、変われるのならと勇は思う。
「迷惑なんてありませんよ。大歓迎です。手続きはしてありますから、問題もありません」
正の根回しの早さはもはや誰も突っ込まない。否、突っ込むまいとしているのか。
ふらり、と聖が立ち上がった。
「泉林に戻るのは?」
秋人、純、勇が手を上げる。
「乗せてってやる。俺も一端戻らなきゃならんし。勇は荷物まとめたら、寮の部屋で待っててくれ。荷物車に乗せる」
なんだかもう、色々有りすぎる一日だったが、まだ終われない。
仕事のある聖と秋人、手伝いを買って出た純は、溜め息をはいた。さっさと休みたい、の一心で。
いってらっしゃい、と見送る正は非常に爽やかに笑っている。
自分が爆弾発言を連発して、聖たちを疲れさせたのだと気付いていて、それなのだから、始末に負えない。
家を出てから、のびのびとし始めた正だから、誰も文句を言いようがないのだが。
荷物がどれくらいあるか、勇に確認を取る聖。荷物が多ければ、太一か秀を手伝いに呼ぶことに勝手に決定しながら、高校生三人を連れて事務所を後にした。家が燃えてしまってから、施設で育った勇だ。荷物はそれほど多くない。昨日買った食料を合わせても、そんなに大がかりな引っ越しにはならないと、予想はついたが。
「正さん、宣戦布告って、何したの?」
誰も聞こうとしなかったことを、太一が聞き始める。
キラキラした目は、楽しそうだ。
「章のお返しだろ?」
秀は予想がついたのか、正より先に言い出す。「え?僕?」と章は少しびっくりしたように正を見ている。
「秀が間に入ったとはいえ、章に辛い思いをさせたのは、天野ですからね。手加減はしていません」
ニッコリと、優しい笑みなのに、どこか底冷えする雰囲気だ。
泉林の戦いでの状況を、正は正確に把握していたらしい。その場にいなかったはずであるのに。
「やっぱ正さんすげぇ」
子どものようにはしゃぐ太一は、もしかしたらこういう正に憧れて、突拍子もないことをあれこれし出すのではないのか、と秀は思った。
こうして、事務所は新たな仲間を加えて、新しい季節を迎えた。
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