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『......あの、初めて食べさせてくれたナポリタンがまた食べたいっす......』
アメリカ行きは永住というわけではなくとも、旅行で行くのや単発のイベントのために行くのとは訳が違う。言葉も何も通じない場所へ、雅を失ったまま行くのはとても気が重かった。だから、蓬莱さんにまですがりたくなってしまったのだ。蓬莱さんから励ましの言葉がもらえるなど微塵も思ってはなかったが、俺の人生の始まりであるあの日、蓬莱さんが食べさせてくれたナポリタンの味がふいに懐かしくなったのだ。
しかし、師匠から返ってきた言葉は冷たいものだった。
『あの店はもうないよ。突然なくなったんだ。店主がガンで死んだらしい』
『そん、な......』
『わりと旨かったんだがな。しかたあるまい。死んでしまったんじゃあな』
その時僅かに師匠の声が低くなった気がした。店主とは懇意にしていたのだろうか。確かに、蓬莱さんと同じくらいかもう少し歳を取っているようでもあった。
それならばと、蓬莱さんに何度か連れて行ってもらった店をいくつか出してみたが、どれものらりくらりと断られてしまった。
『何が悲しくておまえと二人で飯を食わねばならないんだ。......あぁ疲れた。もう休むから掛けてくるなよ』
出国前ギリギリにも一度電話を掛けたが、それっきり蓬莱さんは電話に出てくれることも、メールを返してくれることもなくなった。
そういう人だ。諦めるしかない。
そうして俺は、目の前にある仕事に集中していった。
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