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「こんばんは。来てくれてありがとうございます」
「ひ、ひ、ひ、ひ、ひめ......」
長いドレスの裾を引きずりながら、動転している様子の轟さんの顔を覗き込んで笑む。きっと、俺がこの場を去って一番悲しむのは轟さんだと思う。一番迷惑かけておいて、一番最後まで傷つけてしまった。
「突然こんなことになってしまって、本当にごめんなさい」
「ひ、ひ、ひ、め......っいえ、ひ、姫が、お決めになられたこと、です、から」
「どうしてって、聞かないの?」
「ひ、姫のなさることに、わ、私などが、口出しできますものか......」
最後の最後まで優しい。ふと見れば、手には赤いバラの花束を持っている。
「......それ、まさか轟さん、俺が今日引退宣言するって知ってたんですか?」
「えっ?あ、いや、あ、あの......た、たまたまです、あの、ほんと、たまたま」
バサッと突き出されたのを受け取る。本当に見事な花束だ。
「なぁんだ。俺のことならなんでもお見通しかと思ってたけど」
「そ、そ、そんな、ま、まさか」
さすがに今日のことは知らなかっただろう。一豊さんと父さん、芹沢さんにしか伝えてなかったのだから。
「それでね......話っていうのは......あのね、俺......蓬莱さんと、結婚したんだ」
「けっ、けけ、け、けっ......」
「日本の法律じゃあ、書類上は親子だけどね。もう、東雲じゃなくなったんだよ。蓬莱雅。かっこいいでしょ」
後ろから一豊さんが来て、腰に手を回してぎゅっと抱きしめられた。
「俺、専業主婦になるから、だから辞めるの、仕事」
「そ、そ、そう、です、か......」
「今までありがとうございました」
「い、いえ、あの、お、おめでとう......ございます」
「それで、轟さんの話って?」
「あっ、あの、それはもう、な、なんでもないです!」
「そう?」
「あの、ほんと、全然、ぜんっぜん、大したことではありませんので、ほんと」
「......ふぅん」
何か腑に落ちない気はしたけど、何でもないと言い張られてはこれ以上聞けなかった。
「雅、そろそろ帰ろう。タクシーを待たせている」
「ん......轟さん」
「はっ、はいっ」
俺は一豊さんの腕の中から出ると、轟さんの手を握った。
「轟さんは、優しくて素敵な人です。俺みたいなのじゃなくて、もっと良い人がきっといるはずだから。今まで本当にありがとうございました。最後まで身勝手で、たくさん振り回してしまって、本当に......ごめんなさい」
頬に触れるだけのキスを残した。好きだった。何度も、俺を救ってくれた人だ。
「おやすみなさい。さようなら」
「みっ、み、雅さん......っ!こちらこそ......ありがとうございました......っどうか、どうか、お幸せに......っ」
恨まれても仕方がないことをしているのに、轟さんは恭しく頭を下げているばかりだった。
ごめんなさい。......ごめんなさい。
何度も心の中で謝ることしかできない。俺にはもう、一豊さんのことしか考えられない。死に向かう人に寄り添って、どこまでも共に歩んでいく。
「雅......おいで」
全てを許してくれる腕に抱かれて、俺は轟さんとの思い出も全て捨てた。
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