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(Side:轟)
浮かれていた自分があまりにも間抜けで、惨めで、なすすべもなく立ち尽くすしかなかった。
突然の引退発言に私の頭の中は一瞬真っ白になった。姫との約束がキャンセルになった日から今日までの間に、本当なら2回姫の出演するイベントがあったはずだった。そのどちらとも欠席されていて、また体調でも崩されているのかと心配していた。
ステージの上で照らされる姫は、いつにも増して美しく、そして儚く見えた。まるで花嫁のような白いドレスと、蓬莱氏のタキシード姿にも違和感があった。とは言え、久しぶりの蓬莱氏のステージだから特別な演出をされているのか、くらいにしか考えなかった。
美しく、淫らで、私達下僕を虜にさせる姫。ショーが終わり、何度もイメージトレーニングしていたプロポーズの言葉を頭の中でもう一度唱えていた時、姫の最後の言葉があった。
私は考えるより先に行動していた。なぜ、なぜ今なのか。前回お会いした時には、春にユキちゃんとの企画も考えているのだと内緒で教えてくださったりしたのに。
私が踏み入れて良い場所ではない。しかし、いつものようにショーの後会場に姿を見せないことに、本当にあのまま去ってしまわれたのかもしれないと私は楽屋の前まで走った。
姫は、最後まで私に優しい笑顔を見せてくださった。そして、蓬莱氏と結婚したと......そう、仰られた。鬼畜で残酷と名高い蓬莱氏が、そんな面影もなくただただ姫に慈しみ深い愛情を向けてらっしゃるのがわかった。
蓬莱氏は確か60歳も半ばだったはず。私より一回り以上歳上で、姫と並ぶと、性別を抜きにしてもとても夫婦には見えなかった。だからといって、私がこの場で何日もかけて考えた言葉を伝えることはできなかった。
蓬莱氏は歳こそ私より上であるが、ダンディーだし、お金もある。私がプロポーズしたところで、私が姫のためにして差し上げられることなんて何もない。 そう、いつだって私は与えられるばかりだった。服を買って頂いたり、手料理を振る舞って頂いたり......私の方が歳上なのにいつもエスコートしてくださった。あまつさえこの私と身体まで結んでくださり、優しい言葉をいくつもくださった。本当に、私にはもったいないくらいの時間を過ごさせてくださった。
『轟さん......好き、大好き』
柔らかい笑顔で、何度も囁いてくださった声が今でも私の宝だ。あれが嘘ではないことは私にはわかる。遊ばれてたと捉える方が普通だろう。けれど、姫はそんな人ではないことは、私が一番よく知っているから。
「愛しています......愛しています、雅さん......」
姫に今日お伝えしようと思っていた言葉を一人で呟く。
そう、この愛しくてたまらない気持ちを伝える言葉を、私はようやく見つけたのだ。好き、恋しい、愛しい......そのいずれをも超越した言葉こそが、『愛してる』という言葉なのだと思った。映画の台詞でしか聞いたことがないような、全く現実味のない一言は、口に出してみたらとてもしっくりきた。
「愛しています......」
胸が締め付けられる思いがした。まだ、手には姫の温もりが残っていて、頬に触れた唇の感触もリアルに思い出せるのに、さようならと言って去っていった姫は、きっともう二度と会えないことを示しているのだと思うと、まるでこれまでのことが幻だったのではないかとさえ思えてきた。
元より私などには釣り合わない高貴なお方だったのだ。プロポーズなど、バカなことを考えたものだ。伝えずに済んで良かったと思おう。これ以上恥を晒さなくて良かったと。
姫が去っていった場所に、赤い花びらが一枚だけ落ちていた。それを拾うと、手帳の間に大切に挟み込んだ。
何も変わらない。
私の生活は、何も変わらない。
今まで通り、人に笑われながら、やるべきことをそつなくこなすことだけを考えて一人で生きていく。それでいい。残りの人生を過ごすには十分すぎるくらいの宝物を貰えただけでも、私は恵まれていたのだから。
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