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消えない夜
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風に揺れる木々のサワサワとした音が聞こえる
桜が終わり、辺りには散り落ちた花びらたちが茶色く変色し、土に戻ってゆく
「………」
俺以外、誰もいない此処の場所は
実家から少し歩いた所にある墓地ー
「………久々に来たな…ここ」
ポツリと立つ小さな一つの墓の前で、俺は足を止めた。
〝佐野 真由美〟
墓石にそう刻み込まれている名前に手を伸ばす
「元気にしてるか……母さん」
そう、問いかけても声など返ってこない
だけど、何故か心がホッと温まる感覚がする。
墓石の前にしゃがみ込み、さっき道端で摘んだ名前の分からない花を一輪置く。
「わりぃ…また今度来た時にちゃんとしたの持ってくるから」
〝そんなの気にしなくていいのよ〟
〝わざわざ、ありがとうね〟
何も聞こえないけど、そう母さんが言ってくれてるかのように 柔らかい風が俺の頬を撫でる。
実家のじいちゃんの部屋は俺の大好きな場所だった。
でももうひとつ。
もうひとつだけ、俺には心から甘える事が出来る場所がある。
それが此処…
俺を産んだと同時に死んだ、本当の母さんが眠る場所だったー
「母さん…今日はさ、報告したい事があって来たんだ」
本当の母さんについて、俺は何も知らずに生きている
顔も、声も、性格も…何ひとつ教えてもらう事なく。
初めて母さんが此処にいるって知った時は驚いた
それと同時に安堵した。
母さんだと思ってた人は、本当の親じゃない
だから俺の事なんかどうでもいいんだな…って。
それが分かった俺は、今まで寂しくてどうしようもなかった理由を埋める事が出来て
本当の、本物の母さんは此処にいるんだって…心強い支えが出来たんだ。
あの家で顔を合わせるのは
じいちゃんと、長谷部と、習い事の先生と執事にメイド達…
親父と血の繋がらない母親とは滅多に話すことなんてなかった
だから
寂しくてたまらなくなった時
逃げ出したくなった時
辛くて耐えられない時に、俺は度々此処へ来ては
優しい母さんの温もりを感じるような気分に甘えて、変わりのない退屈な次の日を迎え過ごしていたー
「初めて…だな。母さんにこんな話するのはさ。オレ、いつも適当な事しか話してねぇもんな」
ー此処に母さんがいるって知ったのは、俺がまだ小学生だった時
夏休みの課題を終えて遊びに出ようとした時に、たまたま聞こえて来た親父と母親の口論でだった……
『どうせあの子は私なんかより、本当の親…真由美の方が良かったのよ!!』
ーあれ…?
母さんと…父さん…??
『今更そんな事言うな、仕方ないだろ』
『仕方ない?貴方…本気でそんな簡単に片付けられると思ってるの?!これだから陸は貴方にも私にも…』
ーケンカしてる…僕の事…?
どうしよう、僕が止めた方が…
そう思ったが身体が固まって動かない。
親のケンカなど、子どもにとったら怖くて仕方ないものなんだ
長谷部を呼ぶか…?
それとも…
そんな事を考えていたその時
父さんか冷たく、言い切るようにこう言った。
『懐く懐かないは関係ない。何度も言っているだろう。血が繋がっていなかろうがお前は陸の母親だ。そして陸はこの〝愛沢財閥〟の跡取り息子。必要なのは馴れ合いじゃない。そんな無駄話をする暇は無いと何度も言っているだろう、退きなさい』
ーえ………?
血…?
血が……
繋がってない……
って…?
『………だけど、これはっ』
『家族愛が欲しければ他へ行きなさい。全てを捨ててでもそんなつまらぬものが欲しいのならな。私は忙しいんだ、後にしてくれ』
『そっ…そんなの、要らないわよっ!』
『なら今まで通りだろう。お前は陸の母親代わりをしていればいい。あとは長谷部に任してあるんだ、何も口出しするな』
ー代わり
母さんは母さんじゃない
本当の母さんの〝代わり〟
『次この話をしたらお前のとは別れる。いいか、私の邪魔をしないでくれ』
『………っ……分かったわよ…』
ー別れ
なんだ、そう言う事だったんだ
そっか…そうだったのか…
それから本当の母さんについて僕は一人で調べた
ようやくたどり着いたのがこの場所ー
もちろん、愛沢家の誰からも教えてもらっていない。こっそり父さんの部屋に忍び込み、たまたま見つけたカレンダーのメモ
〝横浜園〟
初めはそれがなんだか分からなかった
でも、調べればそんなのすぐに分かってしまう。
〝横浜園〟は、横浜にある大きな墓地ー
母さんは此処にいる
絶対に、此処で、一人でずっと眠っているんだ…
秀吉の家に行くと長谷部に嘘をついて一人で向かった。今思えば小学生の子どもがタクシーに乗り込み〝横浜園まで〟なんて可笑しいと思う。
でも
そんなの気にしてなんかいられない。
そして、着いてから暫く呆然とした。
広い敷地には沢山の墓石が並んである。
こんなんじゃ分からない…
見渡せば見渡すほど誰が僕の母親のなんだ…
『名前……』
〝どうせあの子は私なんかより、本当の親…真由美の方が良かったのよ!!〟
『真由美…名字が分からない…』
父さんと結婚してたのか
はたまたせずに俺を産んで死んでしまったのか…
分からない…
せっかく此処まで来たのに、見つけられないなんて…
それから少し、墓地を回っていると
奥の方に一つだけ広く、でも墓石の小さなお墓を見つけた。
『…あ……あれは…?』
黒いスーツを纏った男の人が、誰かと話している
その人は今朝、僕の家で出かけていくのを見かけた人で…
『………父さんだ』
一緒にいるのは誰だ…?
見た事ない人だ…
ここからじゃ何を話しているのか聞こえない。少しだけ隠れてその様子を伺っていると
、話していたもう一人の男の人にお辞儀をして。父さんは颯爽と墓地を離れて行ってしまった。
誰なんだろうあの人…
知らない男の人は、父さんがいなくなった後も墓の前で静かに座っている
恐る恐る近づいて墓石に刻み込まれた名前を見る
『……さ…の……ま……ゆ…み……?』
思わず声に出して読み上げてしまい、咄嗟に口を手で塞ぐ。
『ん?誰かいるのかい?』
振り向いたその人は俺と同じ
〝目の下に星型の小さなホクロ〟があって
『……もしかして、君は』
何も知らない僕に本当の母さんの居場所を教えてくれたのは
『ーっか……勝手にごめんなさ』
『陸君??……もしかして、陸君かい!?』
にっこりと優しく笑いかけてくれる
死んだ母さんのお兄さんだったー
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