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息子と手を繋ぐのは何歳までアリなんだろうか。
冷たい雨の中、左手で傘をさして右手で息子の手を引く。
息子の冷えた左手から緊張が伝わってくる。
『たしか、今四年生って言ってたから十歳くらいか。十歳の時、親父と手なんて繋いでいたっけかなぁ』
息子の存在を殆どわすれていたんだから、四半世紀前のことなんて覚えているわけがない。
『まぁ、俺が繋ぎたいんだし』
そう一人納得すると、その冷たい手を強く握り締めた。
俺の家に到着して、中に入ってのこう太の第一声は、
「汚い…!!」
この世の終わりのような顔をして、こう太は呆然と立ち尽くした。
俺は気にしていないけれど、皿とか服はそのまんまで、一番ひどいのが酒瓶と缶ビールの空き缶なんかで、無造作にゴロゴロ転がってる。
あとは、つまみの入っていた袋とか、週刊誌とか新聞紙とか…。
「いや、理代子が前もってちゃんと連絡くれていれば、綺麗にしといたんだけどな!急だったから!」
と、俺が言い訳するもこう太は呆れた目を向けるので、素直にゴメンなさいしといた。
こう太はため息をついて中にあがり、行儀よく靴を揃えた。
それに続いて俺も上がろうとしたが、こう太に止められる。
「来る途中にコンビニあったから、ゴミ袋買ってきてください。一番大きなのを二つ以上。あと、あればビニール紐も」
「い、今からですか?」
「今すぐ」
コクンと頷くと、本気の目でジーッと俺を睨みつける。
多分、買いにいくまで家に入れてくれないだろう。
俺は傘を広げると、コンビニへと急いだ。
*
「こう太ただいまー」
「おかえりなさい、父さん」
無意識に出た言葉に、お互いに驚く。
自分で言ってなんだが、こうスムーズに出るとずっと一緒に生活していたんじゃないかと錯覚する。
こう太もそう思ったのか、言ってから自分で照れているみたいだ。
しかし、その姿を見せたくないのか真っ赤な顔を、プイと向けて掃除を続ける。
「ゴミ袋10袋入りと、梱包ビニールと、あと明日の朝飯と…」
「ありがとうございます。それじゃぁ、このゴミをドンドン袋に詰めてください」
帰って一杯やろうとしていたので、俺は不満げにどっかとその場に腰をおろす。
「明日でもう良くないかー?」
「何言ってるんですか?寝る場所ないじゃないですか!」
「寝れるって!」
俺は足でゴミを隅に寄せて無理やり隙間を空ける。
がシャガシャとやかましい音をたてながら寝る場所をつくり、「な」とドヤ顔。
面倒だから明日やろう、とにこやかに言ったのにこう太はプルプル震えながら、
「ね、寝れるか!!そんなことより、ここ畳の部屋だったんですか!!」
と叫んだ。
汚すぎて床が見えなかったことが衝撃だったみたいで、頭を抱え込んでしまった。
「あぁ、もうどうしてお風呂場にまで空き缶が落ちてるんですか…」
ブツブツ文句を言いながら、さっさかと空き缶を袋に詰める。
俺も新聞やら雑誌やらをビニール紐で縛っていく。
「うわぁぁ、ふ…風呂釜が汚い…!」
「だから、銭湯行こうな。銭湯行ったことあるか銭湯?」
「喋ってないで手を動かしてください」
冷たく言われ、ちょっとだけ心が折れそうになる。
けれども、不精者の自分の血を引いているとは思えない働きぶりに、小さいのに偉いなぁと素直に感心してしまう。
「こう太―、ちょっと休まないか?」
「休みません。これじゃぁ布団もひけない…布団はどこにしまってあるんですか?」
「え?そのへん」
こう太はまた頭を抱える。
「じゃあ、普段どうやって寝ているんですか?」
「ダンボールって意外とあったか…」
「やっぱり、言わなくていいです」
こう太は今持っている満タンのビニール袋の口を閉めると、布団を探すためにあちこちの部屋を見に行く。
まぁ、和室とリビングで二部屋しかないんだけれど。
「あった」
和室の隅っこに追いやられて空き缶まみれになっている布団を引っ張りだす。
ビールのシミがついているのをみて、嫌そうに眉をしかめた。
しかし、ふと何かに気づいたらしく遠慮がちに尋ねてきた。
「布団は一つしかないんですよね」
「ずっと一人だったしなぁ。まぁ、今日は一緒に寝ればいいだろ、明日買ってくるから」
こう太の頬が赤くなる。
「…ダンボールで寝るからいいです」
「ハハっ、ご冗談を」
*
布団は一人用でしかないので、俺がはみ出たところには座布団をしいた。
こう太が寒くないなら別にかまわない。
そして、布団がシミだらけなのがいたたまれないのでついでに処分しようと心に決める。
「明日は忙しいなぁ。布団買って、小学校までの道順確認して、こう太の服買いに行って…あと、何かあるか?」
「布団はともかく、服は今あるから別に…」
「それお下がりだろ?首周りとかダルダルだぞ。身の回りのものを揃えるのに、遠慮するな」
俺の言葉に小さく頷くと、ぷいとこちらに背中を向けてしまった。
その背中があんまりにも小さくて、細くて、初めて年相応に見えた気がした。
それでも、布団からはみ出ている肩に力が入っているのを見ると、まだ自分に心を許していないことがわかる。
「おやすみなさい」
こう太は小さく呟くとそのまま布団に潜り込んでしまう。
何か気に触るようなこと言ったかなぁ、と一応考えてみるが、すぐさま切り替えて自分も布団にもぐる。
まぁ、まだ数時間しか一緒にいないんだ。
少しずつ、距離を埋めていこう。
「おやすみー」
「…ちなみに、明日も掃除しますからね」
「…日曜でいいじゃないか」
「ダメです」
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