アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
(7)
-
(7)
「ご乗車ありがとうございました…」
ぼんやりと木曜日のことを思い返していたら、電車が乗り換えの駅に着いたので、アナウンスを聞きながらゆっくりと立ち上がる。
移動しながら、理代子が教えてくれたことを思い出す。
こう太が多分喜ぶプレゼントのことを。
「教室終わったら買いに行かなきゃなー」
腕を大きく上に伸ばして、背筋を伸ばす。
冷たい風が頬にあたり、身が引き締まる気がした。
*
休みの日のデパートは人で一杯だった。
家族連れ、カップル、兄弟、祖父母と孫、友人同士…。
一人できているのはボクぐらいじゃないかってくらい、人で溢れていた。
まだ来たばかりなんだけど、なんだかじわじわ体力が削られていくみたいだ。
「…しっかりしろ」
自分を奮い立たせながら、足早にフロアを進む。
今日来た目的は一つ。
父さんへのクリスマスプレゼントを買いに来たんだ。
昨日、垓くんと話していたらクリスマスの話題になった。
璃子ちゃんがサンタさんにお手紙を書いたとか、お兄さんはゲームソフトをお願いしたとかいう話で。
「こう太は何か頼んだの?」
「特にないから、いい、って言ったんけど。…うちのお父さん、何か企んでるんだ」
呆れた口調でそう答えると、垓くんがなにそれ?と尋ねた。
「知らない。でも、しょうもないことだったら嫌だなぁ」
「ふーん。じゃぁ、こう太も何か企んだら」
「た、企む?」
「そう。逆ドッキリ」
ニィっといたずらっ子っぽい笑顔を浮かべた。
そんなこと考えたことなかったから、やっぱり垓くんは凄いなぁと思う。
「紳士服…紳士小物…」
お店の案内板を見ながら何にしようか悩む。
予算は、3,783円。
理代子おばさんが少し足してくれたことに、ずっとお礼を言いたかった。
父さんに無理を言って電話して貰ったけど、電話は一度も繋がらなかった。
…大きくなって、働けるようになったら、お給料でおばさんにたくさんお礼をするんだ。
男性向け商品は4階にあるらしく、ボクはエスカレーターに急いだ。
でも、正直何を買おうかちゃんと考えていなかった。
行き当たりばったりでいいかな、とお父さんから感染した大雑把が災いしたらしく、ボクは頭を抱える。
まず、服。サイズが無いか、サイズがあるやつは予算オーバー。
次に、目に付いた時計。予算外だし、まずお父さんは時計を見ない。
いいな、と思ったのはことごとく予算の壁にぶち当たる。
そうなると、タオルかハンカチか靴下。
このあたりが予算的にも無難かなぁ、と思うんだけれど。
…何ていうかテンションが上がらない。
多分、喜んでくれるとは思う。
思うんだけど、ボクがプレゼントしてもちっとも楽しくない。
ボクがお金をたくさん稼げるようになれば、もっと良いものをプレゼントできるのに。
「…早く大人になりたいなぁ」
そう呟いてウロウロ店内をさまよっていると、あるコーナーにたどり着く。
そして、ボクは運命のプレゼントに出会ってしまった。
*
「こう太、今日は何の日でしょーかっ?」
夕飯も食べ終わって、唐突にお父さんが叫んだ。
「…今日はクリスマスです」
「正解!!」
ビシッ!と指が刺さる。
テンション高いなぁと呆れた視線を向けるも、お父さんは一切気にしない。
やっぱりクリスマスだからって、晩酌のビール量が何時もより多かったけど、許しちゃったのが悪かったかなぁ。
「ホントは、寝ているこうちゃんの枕元に置いて、明日の朝気づくっていうのがクリスマスっぽいんだけど。…父ちゃん早くあげたくてたまらん!ヒャッハー!」
「それはどうも…」
「では、サンタさんもとい、お父さんからのクリスマスプレゼントターイム!」
テンションがうざくなってくる。
「じゃ、ちょっと待ってて。待ってろよ!!」
「待ってますって」
父さんはニコニコしながら隣の和室に行くと、赤い包装紙に包まれた正方形の箱を持ってきた。
そして、どぞー!とテンション高く手渡してくれた。
一応うやうやしく受け取ると、父さんは早く開けて開けてとうるさい。
包装紙を丁寧に剥がすと、中からごとっと固い音がした。
箱の外側には『昔馴染みの金魚鉢』と金魚のイラストが書いてある。
え?とお父さんを見上げると、父さんはまたビシッと指を刺した。
「このままで済むと思うなよ!!」
特撮のザコ敵見たいなことをいきなり叫んだかと思うと、箱を抱えたまま手を引かれてお風呂場に連れて行かれた。
お風呂場の掃除はお父さんに任せたから、今日は一度も入っていない。
「ジャジャーン!!」
お父さんがお風呂の蓋を上げると、風呂釜の中に洗面器。
その中で、赤と黒の金魚が静かに泳いでいた。
それがなんだか凄く綺麗なものに見えた。
「猫触りたそうにしてたから、動物好きなんかな?と思うじゃない?そしたら、理代子から『ペット飼いたい』って聞いたことあるわよ、って言われてさー」
そう、本当は触ってみたかった。
くしゃみと痒いのが酷くなるけど、あのモフモフは憧れで。
だから美夜ちゃんと何かペット飼いたいとお願いしたことがあるけど、おじさんとおばさんのどっちにも、世話が出来ないからって反対されたんだ。
確か、一年生くらいの時だから、仕方ないよねと諦めたんだ。
忘れてたのに。
「でも猫はアレルギーでダメだし、犬はマンションで飼えないし、鳥や兎なんか飼ったことないし。で、父ちゃんが好きだしで金魚になりました!可愛いいだろー…うぉっ!?」
気づいたら涙が止まらなかった。
風呂釜の手すりに涙がボタボタとこぼれているから手で抑えるんだけど、後から後から涙が溢れてどうしようもない。
ビックリして、父さんがボクの頭を撫でてくれる。
だけど、悲しくてないてるわけじゃないとわかったからか、優しく笑いかけてくれた。
「ホント…何企んでいるかと思ったら…もう…」
「へへへ、ビックリした?」
ついには頬を寄せられて、体も抱き寄せられる。
「来年引越しするのに…どうするのさ…持ってくもの増やして…バカ」
「ゴメンなー、父ちゃん自由人だから」
「まったくもう…まったく…」
父さんは素直じゃないボクから手を離すと、大きく両手を開いた。
ボクは、金魚鉢を下において、父さんに抱きついた。
力をこめて首に抱きつくと、父さんも抱きしめてくれた。
「父さんがボクのこと考えてプレゼントしてくれてすごく嬉しい…!金魚さん達、可愛い…。父さん、本当にありがとう…!」
「どういたしまして」
「だ…大好き!」
噛んだけど、大声で叫んだ。
いつもだらしなくて、大雑把でお酒ばっかり飲んで、いつ働いてるかわからなくて、お説教してばっかりだけど。
ボクは父さんが大好きなんだと思う。
父さんは「父ちゃんだって」と嬉しそうに頭を撫でてくれた。
*
「あのね、ボクも父さんにプレゼント用意したんだ」
金魚達を金魚鉢に入れてあげて、ポンプとか水草も入れてからリビングに置いた。
のんびり金魚を見ている父さんにそう言うと、すごくビックリしていた。
ちょっと照れくさい。
「え?こう太さんマジっすか!?」
「えへへ、ちょっと待ってて」
和室においてある通学の時に使うバックにプレゼントはしまっておいた。
いよいよだと思うと、ドキドキしてくる。
緑の包装紙に黄色のリボンがついているそれを、お父さんに渡した。
受け取ったお父さんは、子供みたいに目を輝かせた。
「やべーすっっっっげぇ嬉しい!!え、買いたい物ってこれ?うわ、ヤバイよこれヤバイよ!!こう太ありがとな!愛してる!!」
「もー何でもいいから開けてみて!」
相変わらずお酒でテンションの高いお父さんの言葉に恥ずかしくなって、さっさと開けさせる。
父さんはビリビリ破きはしないものの、乱暴に包装紙を開けた。
ちょうど柄が見えるように、店員さんはラッピングしてくれた。
「?ハンカチ?タオル?」
「パンツ」
「ぶっ!!!!!!!!!!!」
ボクサーブリーフとかいうそのパンツは、ボクサーパンツよりもちょっと短いみたいで。
ボクの目を惹いたのは、その柄だった。
昔の漫画柄とか花柄とか、漢字がお尻の部分に書かれてたりと…。
わりと買うのを躊躇うようなデザインばっかりあるコーナーに釘付けになった。
普通に無地のもあったんだけど、これしかないと思った。
絶対喜ぶ、本能でわかる。
でも、さすがにちょっとボクの良心からストップがかかる。
『無地ならともかく、変なデザインばっかりどうするの?』
その言葉に手に取るのをためらったんだけど。
『まぁ、いっか』とあっさり許可がおりた。
「…あの、これラッピングしてください」
買ったのは、白地にオレンジの花柄、青地に昔の格闘漫画のキャラクターもの、あと漢字で大きく「免許皆伝」と書かれた黒いパンツだ。
ラッピング代金と合わせて、3,350円。
「ゲホッ!!ゲホ!!!」
父さんは笑いすぎてむせていた。
こういうの好きでしょ、と言うと大好きだと笑いながら答えてくれた。
「こう太ぁぁぁ!!!」
絶叫にビックリしていると、お父さんはボクをいきなり抱きよせると、そのままほっぺたにブチューって音がつくようにちゅーをした。
「ぎゃあああああ!!!」
「何なんだよお前、何なんだよ!!天使か!?マリアちゃんの言った通り天使なのか!?」
「クリスマスにパンツを贈る天使なんていません!!!」
父さんはボクを抱きかかえたまま床をゴロゴロ転がった。
アルコールが入っているぶん、何時もよりテンションが高すぎる。
逃げようともがいていると、今度は逆側のほっぺたにちゅーされた。
「ぴぎゃあああああ!!やめろ、このハゲ!!タコ!!」
「タコだもーん」
父さんは楽しそうに大笑いしてボクを胸の中に抱き締めた。
まったくもう、と怒ってみせるがボクも笑いがこみ上げる。
二人大笑いしながら、しばらくお互いに抱きついていた。
「それにしても、自分のために使えっていったのに…よりにもよって、俺の…パンツ代って…」
「だってボクね。父さんが喜んでくれる顔が見たかったんだ。だから、自分のために使ったんだよ」
父さんはボクの言葉に、一瞬ポカンとしてから、またフヒヒと肩を震わせて笑っていた。
そしてその大きな掌でボクの前髪をかきあげると、おでこにチュッてキスした。
さっきからぶちゅぶちゅされて嫌なのに、今のは嫌じゃなかった。
だからなんだか恥ずかしくなって、顔を見られないように隠す。
「こう太、ありがとな」
父さんは頭を優しく撫でてくれた。
それが気持ちよくて、嬉しくて、ゆっくり目を閉じてお父さんの胸に額を押し付ける。
すっごく気持ちが落ち着いてなんだか眠たくなる。
お父さんと一緒にいると毎日大変なんだけど。
幸せだなぁと思った。
「お父さん、ボク宿題あるからお風呂先入っちゃってー」
「じゃあ先入ってくるわー」
それからお父さんはひどくパンツを気に入ってくれて、裸でウロウロすることはなくなったんだけど、その代わりパンツ一丁でウロウロする。
寒い時期だというのに。
「お正月用に『免許皆伝』はとっとくわ」
と宣言したとおり、青いのと白いのを交互に使っている。
全裸でウロウロが無くなったのは良いことなんだけど、これはこれでうっとおしい。
正月にはこれに黒いのが追加されるのかと思うと、自分のせいではあるんだけど、ボクはため息しかでなかった。
「…まぁ、いっか」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
16 / 203