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雑煮が食いたい。
こう太が本を見ながら一生懸命作った雑煮が食いたい。
「美味しいと良いなぁ」とおそるおそる聞いてきた雑煮が食いたい。
美味いよ、って言ったら嬉しそうに笑った雑煮が。
「お前ら、あんま食うなよ!!」
「人様に箸を向けない」
こう太に頭を叩かれる。
雑煮食いたい。
「こう太、料理上手だね」
「本見ながらだもん」
垓の言葉にこう太は照れくさそうに笑った。
華田ん家に行って料理をごちそうになってから、こう太は料理に目覚めた。
料理の本を遠慮がちにねだるので、「父ちゃんに任せろ!」と調子に乗って大量に買いこんできたら、反対に買いすぎだと怒られた。
「物をねだらないこう太にお願いされたら、何でもしてやりたいと思う父ちゃんの親心をわかってくれ!」
そう熱く語っても、こう太に冷たく「却下」と言われた。
「垓くんのお母さんや、マリアちゃんみたいに上手になりたいなぁ」
「今度習いに来なよ。お母さんも喜ぶよ」
和やかな雰囲気の子供達とは違い、華田と俺は葬式かって言うくらいに暗かった。
ただひたすらモソモソと飯を食う。
たまに、
「お前らインフルエンザの注射受けたか?」
「…受けてない」
「…ったく、用意してやるから今からでも受けにこい。お前一人ならテメェの勝手だが、ガキを守るのがお前の義務だろうが」
「…すんません」
と、説教をされるくらいだ。
こう太は注射と聞いて嫌そうな顔をしたが、垓に「大丈夫だよ」と言われるとすぐさま笑顔になる。
可愛いんだけど、何となくつまらない。
粥を流し込むと、薬を飲み込む。
口から零れた水を半纏の裾で拭いながら和室に向かう。
「食ったら、垓連れてさっさと帰れよ」
「当たり前だ」
「えー。僕、もう少し遊んでたい」
「石川の風邪貰うから駄目」
華田も食い終わると帰り支度を始める。
喫煙者だから、食後の一服をしたいというのもあるのかもしれない。
「世話かけたな。おかげで楽になったよ」
「さっさと寝ちまえ。全く、うちより診療所の方が近いんだから次はちゃんと来いよ」
「はいはい」
おやすみ、と言ってから引き戸を閉める。
しばらく話し声やら食器を片付ける音がしていたが、バタンという玄関を閉める音がしたっきり、静かになる。
静寂は苦手なはずなのに、不思議と嫌じゃなかった。
熱冷ましのシートを額に貼ってから、寝ようと目を閉じるが、眠気はやってこない。
熱のせいなのか、気持ちが何だか落ち着かない。
「…父さん」
静かにこう太が入ってきたので、そちらに顔を向けた。
こう太はまだ寝ていない俺を見て、起こした?、と不安そうに眉を寄せる。
「いや、寝すぎてしばらく寝れん」
「そう。体温計はここに置くからね。水分はあるから…、他に欲しいものある?」
「湯タンポー」
湯タンポ?と顔をしかめるこう太。
そんなもん、うちには無いこと百も承知だ。
「カモン」
掛け布団を左手で捲って、右手でポンポンと空いたスペースを叩く。
布団に入って湯タンポになれ、という意図がわかったこう太は露骨に嫌そうな顔をした。
「風邪ボクにうつす気?」
「だって、寒気するんだもん」
「ボクの電気毛布貸してあげるから、ちょっと待ってなさい」
こう太がいいなーとぼやく俺を無視して押し入れから毛布を取り出してきた。
俺は敷き布団に敷く派なんだが、こう太は上にかける派なので、布団をはがすとテキパキと用意してくれた。
そうして、子供を寝かしつける母親みたいに、布団を軽く叩くと「おやすみ」と優しく微笑んだ。
ホント、それだけで、前後に脈略なんて無いんだけれど。
「…お前ってほんとに垓好きだよなぁ」
気づいたら呟いていた。
言った自分が驚くぐらい、ポロリと口から言葉が出て、こう太も驚いて変な顔をしてた。
「え…何いきなり?」
「いや…何か、さっき楽しそうにしてたから」
「そりゃ、友達だもん。好きだよ」
慌てて言葉を取り繕う俺に、こう太はちょっと照れながら答える。
心なのか頭なのかよくわからないところが、ぐちゃ、ってなった。
それが何の擬音なのかはやっぱりわからない。
*
気がついたら尿意で目が覚める。
長いこと眠っていた気がするので時計を確認すると、19時を過ぎたところだ。
大体五時間くらい寝ていたのと薬のおかげなのか、体はだいぶ楽になっていた。
家の中は相変わらず静かで、テレビの音だけがかすかに聞こえるくらいだ。
トイレのために立ち上がると、居間とつながる引き戸を開ける。
てっきり、こう太がテレビを見ているものと思っていたら姿が見えなかった。
あれ、と思ってよく見てみると、反対側のこたつ布団の先から金色の髪が見えた。
反対側に回り込んでみると、こう太は肩までこたつにとっぷり入って静かに寝息をたてていた。
「風邪ひくぞ」
と苦笑しながらトイレに急ごうとして、ふと閃く。
起こさないように慎重に抱き抱えると、静かに自分の布団に寝かせた。
自分も布団に入り、体をこう太に寄せる。
でかい布団を買って正解だ。
再会した晩と違って体がはみ出ることはない。
「あったけぇなコイツ」
さっきまでこたつに浸かっていたからか、服やら体やらは暖かくてまさに湯タンポのようだった。
ほうり投げていた枕を拾ってこう太の頭にあててやると、自分は腕を枕にして寝顔を眺める。
まつ毛が長い。
頬はピンク色だし、唇の形も良い。
コイツ、ホントに可愛い顔してるよなぁと親バカ全開で寝顔に見惚れる。
穏やかな寝顔を見ていて何となく、自分のモヤモヤみたいなものの正体に気づく。
多分、垓には自分に見せない顔を見せているからつまらないんだ。
「…どんだけ身勝手なんだ俺は…」
こう太に友達が欲しいと常々思っていたのに、いざできたらヤキモチ焼いてるなんて。
何となくばつが悪くて、頭をボリボリとかく。
不意に、こう太が寝返りを打って、顔をこちらに向ける。
ピンク色の唇が薄くあいて、白い歯がうっすら見える。
俺は磁石に引きずられるように顔を寄せて、自分の唇をこう太の唇に合わせた。
柔らかな感触と、こう太のファーストキスは多分俺だろうという事実に、モヤモヤが消えていく気がした。
自重なんかしない。
全部熱のせいにしちまえ。
こう太の頬に触れながら、まどろみにゆっくりと目を閉じた。
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