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Today in the whirlpool of the typhoon
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それでは今日のお天気ですが見てくださいこの酷い天候を日本列島を覆うような大型の低気圧が北上し全国的に豪雨に見舞われ局地的な雷と強風により大嵐となっておりますこの雨足はしばらく続くと思われますので
おそらく今年は春も夏も台風に襲われる年となるでしょう
(1)
石川家三回目の花見の日は良い天気だったんだけど、桜の方が四月も終わりのせいかほとんど花びらも散ってしまい葉桜のようになっていた。
これが最後かなぁなんて俺が嘆くと、こう太が呆れたように「三回もある方がビックリだよ」と返した。
一回目は保村家・華田家とのお花見。それに、年長組の彼女付きの大所帯だ。
保村のとこの熱志が高校生になったお祝いみたいなのも兼ねてみんなで集まった。
相変わらずこう太は垓にべったりしていたので、若干心中は穏やかじゃない。
二回目は七瀬くんに誘われてのお花見だ。
二人っきりになれると思っていた聖斗は不満そうに七瀬くんにべったりしていた。
「みんなでご飯の方が楽しいじゃないか」
と綾凪くんが優しく微笑むと、聖斗は何も言えない。
俺とこう太は七瀬くんの花見弁当にがっついてたから、ほとんど邪魔してないと思ったんだけどなぁー。ザマァ。
そして、今日の三回目は俺のとこのスタッフさんとの花見だ。
といっても、アシスタントの森崎くんとマネージャーの三角ちゃんの二人に俺達親子というこじんまりしたものだったけれど。
「森崎くん彼女呼んでもいいんだぞ」、と茶化すと彼は眉毛を八の字にして「いないんすよ~」と困ったように笑う。
真面目で人がよく、誠実な彼は俺もマネージャーも信頼している。
マネージャーの三角ちゃんはおっとりした子で、うちのアトリエの癒し系だ。
三角ちゃんとこう太のお弁当を前に、まぁ乾杯しようやとビールを開ける。
すると、三角ちゃんは照れたような顔で「私はジュースで」とはにかむ。
強くないけど飲めないわけじゃない彼女に、珍しいなと呟くと。
「…実は安定期に入ってからご報告しようと思っていました。今、妊娠五ヶ月目に入りました」
恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに微笑む。
途端、俺達男性陣は大騒ぎになる。
「本当かよ!!そりゃめでてぇな!!」
「そう言えば、なんだか最近三角さん太ったなぁ~と思ったんですよ!うわー凄いなぁ」
「おめ、おめでとうございます!」
さりげなく失礼なことを言った森崎くんの頭を笑いながらしばいてから、俺達は春の空の下、万歳三唱を何回もやった。
嬉しそうな三角ちゃんの瞳はそのうち潤んできて、でも幸せそうに笑っていてくれた。
「そっかー、そしたら産休に入るようだよな?」
「はい。正直、復帰するかはわからないんですけど、仕事を引き継いでから六月には一旦出産準備に入ります。…そのことなんですが、私今月一杯で石川先生のマネージャーを辞めることになります」
突然のことに俺は面食らう。
三角ちゃんは彼女が新卒で入ってからの付き合いなので、ほとんど俺が売れるまでの苦楽をともにした大事な仲間である。
彼女の旦那もよく知っている男で、結婚する前はまだ学生だった森崎くんと三人で朝まで飲んでたりした。
「そうか…寂しくなるなぁ」
森崎くんの方がしんみりと呟く。
「私もです…。今度本社から来るマネージャーはどんな人か、正直私も聞いていないんですけど、石川先生のお力になれるようにお願いしてから会社を去りますね」
「嬉しいねぇ。でも、三角ちゃんは元気な子を産むことだけを考えてくれよ」
俺がそう言って肩を叩くと、とうとうこらえきれなくなったのかポロポロ涙を流しながらもはい、と頷いてくれた。
「…お父さんって会社持っているの?」
宴もたけなわになったころ、こう太が尋ねてきた。
「だって、さっき本社とか、会社とかって」
「違う違う。えーっと、俺にはパトロンがいてな…」
パトロン?とこう太が首をかしげる。
確かに馴染みのない単語だよなと思い、簡単に説明しようと考えるも酔いで頭が回らない。
助け舟をだしてくれたのは三角ちゃんだった。
「私の勤めている会社の社長が、石川先生の大ファンなの。それで、資金提供とかアトリエの提供とか、私みたいなマネージャーの派遣とかをして、先生の作品作りを支援しているの」
「そんなことってあるんだ」
こう太は目を丸くした。
まぁ、中々聞かない話だよな。
「そ。ほとんど無償でやってくれてるんだけど、その社長が新しい絵が欲しいとか、新社屋に飾る書が欲しいと言ったら、俺はそれを何よりも優先しないといけないわけ。まぁ、別に契約書とかあるわけじゃないんだけど、心情的にな」
「へー」
「すごいよなぁ。ほとんど見返りなく支援するなんて、金持ちの道楽ってやつなんすかね」
森崎くんが羨ましそうに呟く。
その社長というのは、俺よりも一回り上の50代半ばの敏腕社長だ。
俺もよく知らないが、一代で築いたという会社はそれなりに大企業らしく、国内だけでなく国外にもその商才を発揮しているらしい。
そんな親父が俺を気に入って、色々とやれ個展だ講演会だと金を出してくれる。
全くのお人好しかと思うとそうでもない。
社長から直接入る依頼は、ちょっと後暗い相手が絡んでたりする。
『この方が、石川先生の書が欲しいと言ってくれてね』
と紹介された相手の何人かは、明言こそしないもののいわゆるカタギではない奴らだろう。
何より華田の医院開業や保村の興信所独立には、遠まわしにその社長が絡んでいるとのことだ。
食えねぇ親父だと思う。
「ま、とりあえず。やっぱり仕事したいと思ったら何時でも戻ってこいよ。俺も森崎くんも大歓迎だ」
三角ちゃんは嬉しそうに頷いた。
*
昨日の快晴が嘘のように、朝から春の嵐に見舞われる。
テレビの天気予報の低気圧だなんだという声を聞きながら、この雨で花びらも散ってしまうんだろうなと思うと、本当に昨日のうちに花見をして良かったと思う。
雨の中途中までこう太を送っていく。
「今日はアトリエ行くんでしょ?」
「おう。まぁ、ジム行きたいから早めに帰るけどな」
「そう。気をつけてね」
そっけなく言ってからこう太は小学校へ歩いて行く。
時折強風に傘を煽られながら踏ん張って歩く姿にハラハラしてしまうが、そんな俺の気持ちを察したのか、キッと振り返ると。
「大丈夫だからね!」
と叫んだ。
強がりなのか俺を気遣ってなのかは知らないが、その姿が可愛くて俺は必死に笑いをこらえた。
「先生おはようございます」
アトリエに行く道すがら、森崎くんにばったりあう。
彼も風に煽られたのか、右半身がびしょ濡れだった。
「おう、おはよう。雨ひでぇな」
「ホント、昨日が花見で正解でしたね」
そんな話をしながらアトリエに向かう。
すると、入口前に一人の若い兄ちゃんがガードマンのように腕を後ろに組んで立っていた。
スラリとしたモデルみたいな体型に、腰まで届きそうな長さの銀髪。
ぴっちりとした細身な黒いパンツにレザーの黒いブーツ、黒いジャケットから除くVネックのインナーまでも黒という全身黒ずくめの男。
雨だというのに目全体を覆うようなSFチックなサングラスをしているので、彼がどんな表情をしているのかは見えない。
おおよそ、住宅街に溶け込むような格好ではない。
近くに傘を立てかけたままボウっと突っ立ってるのだが、何時から待っているんだろうか。
「…だ、誰っすかねあれ?」
森脇くんはビビっているが、俺は何回か会ったことがあるから知っている。
俺のパトロンである道源寺(どうげんじ)社長の第一秘書で、たしか社長の右腕と呼ばれる男だ。
第一秘書は俺達に気づくと、軽く会釈をした。
「おはようございます、石川先生。森崎さん」
「どうも、おはようございます。えーっと、道源寺社長の秘書さんでしたっけ?」
「覚えていただけてるなんて光栄です」
なんて言っているわりには、ニコリともせずに無表情だ。
たしか、前に会った時も愛想なんてなかったからよく覚えている。
とりあえず中に入るよう促すと、森崎くんにお茶を入れるよう頼んだ。
湯呑が三つ並んでから、身を乗り出して秘書に尋ねる。
「で、今日はどういったご要件で?社長のお願いを持ってきたとか?」
俺の質問に一瞬ちょっと驚いたような雰囲気を見せたが、すぐに彼は抑揚なく答えた。
「聞いていませんか?社長命令により、今日から石川先生のマネージャーを勤めることとなりました」
「へぇ?」
彼の言葉に呼応するように、外の嵐が強くなった気がした。
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