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六月に入ってから、天気予報が言っていたように雨が続く。
でも梅雨前線はまだ来ていないとかで、お天気に「こんなのまだまだ序の口だぜ」と言われているみたいで気分が重い。
洗濯物が乾かなかったらお父さんに乾燥機を買ってもらおうかな、と考えながら家に帰る。
そして、家があるフロアにエレベーターが開いた瞬間、真正面にいる聖斗さんと目が合った。
「お。おかえり~」
「た、ただいまです。この時間に会うの珍しいですね」
聖斗さんはお隣さんだけど大学だバイトだ、で七瀬さんほど頻繁に会わない。
だから夕方の時間に会うのが珍しくて、驚いてしまった。
「あー、うん。5コマ目の授業が休講になったからさ。それよか、こう太。ちょっとお願いしたいんだけど、オレん家こねぇ?」
何時もの調子とは違い、ちょっと畏まった感じの聖斗さんにまた驚く。
なんだろう、何かあったのか?と思わず疑ってしまうと、聖斗さんが吹き出した。
「んな、警戒すんなって。いきなりちゅーとかしねぇからw」
「ふぁ!?」
「まぁ、立ち話もなんだから来いよ。兄ちゃんが昨日ババロア作ってたから出してやるよ」
ボクはお菓子に釣られたわけじゃないけど、聖斗さんの後についていく。
お菓子に釣られたわけじゃないけど。
冷えたババロアは甘くて美味しかった。
聖斗さんはペットボトルのお茶を冷蔵庫から出すと、七瀬さんとお揃いのマグカップに入れて出してくれた。
それから何故か、遊園地のガイドブックを持ってくるとテーブルの上に広げて置いた。
なんだろう、とガイドブックを覗き込むと聖斗さんが話しだした。
「七月にさ、兄ちゃんとデートする前にケリつけようと思っててさ」
「ケリ?」
「最近さ、兄ちゃんの元気が無いわけですよ」
何時も明るくて元気な聖斗さんが困ったようにため息をついた。
聖斗さんが落ち込むくらいだから、七瀬さんに何があったんだろうとババロアを食べるのをやめて、背筋を伸ばした。
「あー、正確には五月の上旬くらいからかな。なんかな、ボーッとして考え込んだり、注意力散漫だったり、気づくと落ち込んでたりで…」
「あ、考え込むっていうのは見てませんけど…。最近、お料理してても七瀬さん火傷したり、指切りそうになったりして、変だなぁと思ってたんです」
「だろー?反対に、いきなりオレの腰に抱きついてきて甘えてきたりってさー」
変だよなー困るなーと言っている顔は嬉しそうだ。
ボクは何しにここに来たんだろう。そうか、ババロアを食べに来たんだ。
ババロアおいしい。
ボクの冷たい目にようやく気づいたのか、聖斗さんは咳払いをしてから自分の分のババロアのお皿をボクに差し出した。
「何かあったの?って聞いても、何でもないよって言われるだけだし。あんま追求すると、なんか泣かれそうになるし。だからこう太さ、兄ちゃんに聞いてみてくんね?『最近元気ないですねー』って」
「ぼ、ボクが聞いても話してくれるかな…」
聖斗さんが聞いても話してくれないことを、お隣さんのボクが聞いて話してくれるものなのだろうか。
でも、七瀬さんが元気ないのはやっぱり気になる。
お父さんが帰ってこなくてボクが寂しくないように気にかけてくれたから、今度はボクが何とかしてあげたいな。
聖斗さんはパン、と自分の目の前で両手を合わせると頭を下げてきた。
「頼むよ!デートでお土産買ってくるからさ!兄ちゃんから聞き出して、情報流してくれるだけでいいから!」
「そ、その言い方だとスパイみたいですね」
「スパイっていうより、間者?忍者?いいや。なんかわかったら、電話でもメールでもいい…」
「ただいまー」
七瀬さんの声が玄関から聞こえてきて、思わず飛び上がる。
聖斗さんは実習で遅いとか言っていたのに、思ったより早く帰ってきたことにオロオロしていると、廊下とリビングの間のドアが開いた。
「あれ、こうちゃんいたんだ。珍しいね、二人で何してたの?」
「え、えっと…」
「えへへー♪こう太に、七月のデートプラン自慢してたんだー♪」
そう笑顔で言うと、遊園地のガイドブックを七瀬さんに見せる。
七瀬さんは苦笑いしながら、「一か月も先なのに何やってんの」と言いながら部屋から出て行った。
ボクはサラっと嘘をついた聖斗さんを見上げると、聖斗さんと目が合う。
「頼んだかんな」
と背中を叩かれた。
というか、いきなり七瀬さんが帰ってくることを見越して色々用意しておくなんて、この人は一体なんなんだろう。
*
そのあと、七瀬さん家で夕食をご馳走になることになった。
聖斗さんの言うとおり、ちょっといつもより元気がないみたいだった。
今日は無理でもそのうち二人きりになった時に聞いてみよう。
聖斗さんのためというよりも、ボクも心配だからだ。
ボクにできることなんて何にもないんだろうけど。
そんなことを考えている時、携帯が鳴った。
着信はお父さんからで、お父さんは飲みに行くとか言っていたから、酔っぱらってかけてきたのかなと思った。
「なに?」とツッケンドンで電話に出ると。
『夜分遅くに申し訳ありません』
「うわ!!こ、こんばんは!!」
電話から聞こえてきたのは間宮さんの声だった。
慌てて言葉づかいを正して、見られていないんだけど頭を下げて挨拶する。
『先生や森崎さん達四人で飲んでおりましたが、先生が酔いつぶれてしまいまして…。今、マンションの前におりますので、申し訳ありませんが鍵を開けていただけますか?』
「い、いま行きます!!ちょっと待っててください!!」
慌てて電話を切って出ようとしたら、七瀬さんに不思議そうな顔で「どうしたの?」って尋ねられた。
その時になって初めて、今七瀬さんの家に来ていることを思い出す。
「い、今お父さんが酔いつぶれてマネージャーさんに送られて来て…ちょっと家にもど…あぁ、でもお皿片づけてないや…!」
焦ってお皿を片づけだすボクを見て、聖斗さんが落ち着けってため息をつく。
「いいよ、やっておくから早よ帰れ」
「で、でも…」
「あ、こうちゃん待って!パイシートで作ったアップルパイがあるから持ってって!」
「あうぅぅ…」
「…兄ちゃん、後で届けりゃいいじゃん」
ボクはアップルパイを用意してくれる七瀬さんを振り切って部屋から飛び出す。
だってさっきババロアご馳走になったのに。お菓子は一日一種類じゃないと。
勢いよく飛び出すと、丁度間宮さんがお父さんを担いで運んでいるところに出くわした。
その光景が目に入ってきてボクはビックリして思わず固まってしまった。
いくら、肩に手を回した状態でもあんな大きくて重いお父さんを一人で運ぶなんて。
背が高いけど細い間宮さんがスゴイ…。
「こちらにいらっしゃったんですか」
「あ、す、すみません。ご迷惑おかけしました…」
「いえ」
玄関先でそんな話をしていると、後ろから七瀬さんの声が聞こえてきた。
「こうちゃん、クッキーも残ってたから食べ…」
優しく語りかけながら近づいてきた七瀬さんは、玄関口にいるボクと間宮さんを見ると固まってしまった。
銀髪黒づくめの間宮さんに驚いたのかな?
それとも、その間宮さんがお父さんを抱えているのに驚いたのかな?
慌てて、怪しい人じゃないんですと説明しようと思ったら。
「お久しぶりですね」
と、間宮さんがいつもの調子で七瀬さんに挨拶をした。
たったそれだけなのに、七瀬さんは顔を強ばらせると後ずさった。
顔が見る見る真っ青になっていく。
「お知り合いなんですか?」
「えぇ。世間は狭いですね」
七瀬さんは何も答えず俯いてしまった。
しばらく黙ってから、ボクにパイの入ったお皿を渡すと暗い顔で「気を付けて帰ってね」と言ってリビングに戻ってしまった。
「七瀬さんとはお友達なんですか?」
お父さんを布団の上に寝かせて、すぐに帰ろうとしている間宮さんにボクは尋ねた。
間宮さんはいつもの冷静な調子で「いえ」と答える。
「彼が高校生の頃に何度か会っただけですよ。どちらかというと、あの金髪の方…聖斗さんのおじい様とうちの社長が親交があるので、彼に会うというよりはおじい様にお会いした時に見かけたといったところでしょうか」
どうして聖斗さんのこと知っているんだろうと思ったけど、そういえば一度うちに来た時、喧嘩腰の聖斗さんと会ったんだっけ。
間宮さんはボクに頭を下げて、家から出て行こうとした時、何やら思いついたみたいにボクの方に振り返った。
「聖斗さん達は二人で住んでいるんですか?」
「はい。七瀬さんが一人の時なんかは、ご飯に呼んでくれたり、おやつをご馳走になります」
「そうですか。お二人は仲が良いのですか?」
「すーっごく」
力を込めてそう答えると、ちょっとだけ間宮さんの口元が上にあがる。
「そうですか」と言うと、間宮さんは帰って行った。
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