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「この間はごめんね。ちゃんとお見送りしないで」
大根の皮を剥きながら七瀬さんが謝ってきた。
何時ものようにお夕飯に誘ってくれたので、ボクはその隣でお手伝いをする。
聖斗さんからお願いされた、七瀬さんが元気のない理由を聞くチャンスは何回もあったんだけど。
いざ、二人きりになるとどのタイミングで聞いたらいいかわからなくてボクはずっともじもじしていた。
「…あの、銀髪の人って何か言ってた?」
「なにか…。えっと、二人で住んでるのですか?とか仲いいのですか?って…」
「そう…。あの人とお父さんはお知り合いなの?」
「新しいマネージャーさんなんです」
ボクの言葉に七瀬さんは青くなった気がした。
とたん、桂剥きをしてた大根を持つ手が震えて、包丁が七瀬さんの指を切った。
「いた…っ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
親指を口に含む七瀬さんを見て血がでたんだと、ボクはパニックになる。
反対に冷静な七瀬さんは絆創膏をチェストから取り出したので、「ボクが張ります!」と二人でソファに腰掛けた。
「…ごめん、こうちゃんありがとう」
とりあえず絆創膏を二重に張ってあげると、七瀬さんがお礼を言ってくれた。
なんだかすごく落ち込んでいて、何時も笑顔なのに悲しそうな顔だった。
今しかない、と思ってボクは尋ねた。
「さ…最近、元気ないですね?なな何かあったんですか?」
何度も家でシュミレーションしたはずなのに、すんなり出てこない。
それでも最後までちゃんと言い切れた。
七瀬さんは、ビックリした顔をしてからちょっと笑顔が浮かべながら。
「…聖斗に頼まれたんでしょ?」
「へぇ!?」
「二人一緒にいるから珍しいなぁと思ったら。あいつはしょうがないな」
そうクスクス笑う七瀬さんの様子に、ボクはものすごく恥ずかしくなる。
聖斗さんは小道具まで用意して嘘をついたのに、こんなすぐバレてしまうなんて。
忍者失格だ…。
「…何でもないよ、本当に。だから心配しないで。ね?」
そう七瀬さんは優しく言って、ボクの頭を撫でてくれたけど。
その顔はどう見ても悲しそうで、辛そうで、心配するなっていう方が無理だと思う。
なのに、七瀬さんは無理して明るく笑ってくれて。
それが、なんだか凄く悲しかった。
「…ボクが大人だったら、七瀬さんを慰めてあげられるのかなぁ」
「え?」
「ボクはまだ子供だから、何にもできなくて嫌になります。…早く大人になりたいなぁ」
お金を稼ぐことも、一人で生活することも、お父さんを守ってあげることも、七瀬さんの悩みを聞いてあげることも。
ボクがやりたいことは全部大人じゃないとできないことだ。
ボクがどんなに心の中で大人になりたいってお願いしても、ボクは10歳で子供のまんまだ。
それが、すごく悔しい。
「ごめんね、ボクじゃ七瀬さんの力になってあげられないや。あの、ボク早く大きくなりますから、そしたらボク絶対七瀬さんの力になりますからね」
「えっと…その、あのねこうちゃん…」
オロオロする七瀬さんの手をギューッて握って、笑ってみせる。
だから元気だして、というつもりなんだけど七瀬さんは困った顔のままだ。
そのうち俯いてしまったので、何か怒らせるようなこと言ったかなぁと顔を伺うと、ボクを抱きしめてきた。
抱きしめるというよりも、甘えるみたいな感じだった。
ちょっと甘い匂いがしてドキドキする。
「全部は話せないんだけど、聞いてくれる?」
そういうと、七瀬さんは鼻をすすった。
*
「聖斗はさ、高校生の時…まぁほんの二年くらい前のことだけど、荒れてたんだ…」
「不良とかヤンキーって奴ですか?」
「ヤン…そうかもね。頭染めてるし、腰パンだし、宿題なんて真面目にしないし、早弁してたし」
不良は早弁するのか。
「でも、一年半くらい前かな。改心、ってわけじゃないんだけど色々あって、これからはもうちょっと真面目になるってボクに約束してくれたんだ。見た目はそのまんまだけど、危ないことしなくなったし、暴力とかもしないし。でもね…」
七瀬さんはもう一度鼻をすする。
目は涙目になってて、今にも泣きそうだ。
心配で仕方ないんだけど、今聖斗さんが帰ってきてボクが泣かしたと思われたらどうしようと、ドキドキしていた。
「…あの銀髪の人自体とはそんなに何回も会ったことはないんだけど、あの銀髪の人の上司と当時の聖斗はちょっと仲が良くてね…」
「おじいさんと社長さんが仲良しだって、間宮さんに聞きました」
ボクの言葉に七瀬さんはちょっと驚いた顔をしていた。
そのまままた暗い顔で俯いてしまう。
「…多分、その繋がりだと思う。なんていうか、聖斗はVIPの人しか入れないような怪しいクラブみたいなのにはいったりして遊んでたり、なんか大っぴらに言えないようなこともしたりしてね。い…今はないけど…もしも、あの銀髪の人に会ったことがきっかけで、前に親交があった人と一緒に、そういう怪しい世界に戻っちゃったりしたら…どうしようって…あ…」
とうとう堪えきれなくなったみたいで、七瀬さんの目からポロっと涙がこぼれた。
それにビックリしたのか、七瀬さんはあたふたと強く目をゴシゴシ擦りだした。
こすっちゃいけないんじゃないのかと思って、釣られてボクもあたふたしてしまう。
いつもボクが泣いちゃうと、お父さんはボクを抱きしめてポンポンってしてくれるか、頭を撫でてくれる。
でもお父さんならともかく、友達とはいえ年上のお兄さんにそんなことしていいのかな…。
だから、代わりに背中をさすってあげた。
七瀬さんは顔を覆って肩を落とす。
「そんなことありえないって、聖斗のこと信じてるんだけど…でも…もし、『弟の聖斗』じゃなくて、荒れてた頃の『望月くん』に戻ったら…どうしようって思ったら、何だ、結局僕は聖斗のこと信じてないんじゃないかって…自分が嫌になって…」
その気持ちがよくわかって、ボクは摩擦熱で熱いくらいに背中をさする。
信じていないわけじゃないんだけど、心と頭が追いついてないみたいで、結局疑ってしまうんだ。
それで、疑ってしまう自分が嫌になる。
「…でも、今すっごく幸せなんだ。毎日、毎日。だから…それが変わっちゃうのが嫌なんだ。今の幸せが壊れたら…どうしようって…それが、怖くて。考えなきゃいいのに、考えちゃって…。こんなつまんないことで悩んでるのなんか、聖斗に話せないし。でも、甘えてみても、不安になるばっかりだして…」
「七瀬さん…あ…あの…!」
ボクは話を聞いていてずっと考えていたことを、意を決して言ってみた。
「お父さんにお願いして、間宮さんにうちに来ないでくれって言ってみますか?」
「…えっ?」
「そ…それか、ボク達が引越しして聖斗さんに近づかないようにするか…」
「それはダメ!」
七瀬さん顔をあげるとボクの肩を強く掴んだ。
そのまま泣きながら「それは嫌だ」って言って頭を何度も振った。
でも、間宮さんがマネージャーさんでいるかぎり何度も来ることがあると思う。
そしたら、七瀬さんが心配している前の不良に戻ってしまう可能性が上がっちゃうんじゃないかな。
何より。
「でも…七瀬さんが元気にならないじゃないですか」
「でも、こうちゃん達がいなくるのはヤだよ。こうちゃんは、僕の弟だもん」
「ボ、ボクだって、七瀬さんはボクのお兄ちゃんだと思ってますよ!!」
え?何だろうこの流れ。茶番?
こんな話の流れにしたいわけじゃないのに。
話を元に戻さないといけないのに、恥ずかしいことを言ってしまって頭がパーンとなる。
「…ホント?」
「ほ…本当」
「…嬉しい」
七瀬さんはちょっと笑ってくれて、ボクを胸の中に抱きしめる。
柔軟剤の匂いなのかな、やっぱり甘い匂いがする。
しばらくギューッと抱きしめてくれてから、優しく笑ってくれた。
「ごめんね。こうちゃんにこんなに気を使わせて、メソメソしてたらダメだよね」
「いえ…大丈夫です」
「ちょっと、こうちゃんに話したからかな。すっきりしたかも。ありがとう、つまんない愚痴聞いてくれて」
「それなら、いいんですけど…。でも、ちゃんと聖斗さんに話した方が良いと思います。すっごく心配してるから」
「…うん。そうだね」
七瀬さんはちょっと考えてから、小さく頷いてくれた。
さっきよりは元気そうに見えたけど、やっぱり横顔は寂しそうだった。
「ボクが聖斗さんに言いますか?」
「ううん、大丈夫だよ。ちゃんと、自分で言うよ。約束する」
真っ直ぐな瞳と口調で言ってくれたので、ボクもうん、と頷いた。
「…あぁ、でもちょっと話にくいな。あいつ、嫉妬しやすいから」
「嫉妬?」
「うん。荒れてる頃の聖斗のこと話題にすると、不機嫌になるんだ。『今オレと一緒にいるのになんで他の奴の話すんの?』って」
ん?
不良の頃の聖斗さんの話を、聖斗さんにするってことだよね?
それがどうして…。
「他の奴の話ってことになるんですか?」
「あー…謎理論なんだけど。聖斗曰く…」
『昔の不良のオレは、今のオレとは違うの。別人なの。今のオレが一番近くにいるのに、なんで他の奴の話すんの?今現在、兄ちゃんに好きって言えるのは、昔のオレじゃなくて今いるオレだよ?だから昔の話なんてしないで。今のオレだけに好きって言ってよ』
「…うわぁ」
「うわぁだよね。正直、僕も引いたよ…」
七瀬さんは困ったようにため息をつく。
今の自分の前で、昔の自分の話をされるだけで嫉妬って…大人はすごいなぁ。
聖斗さんは独占欲が強いってお父さんが言ってたけど…。
「大変ですか?」
「うん…、たまにとんでもないこと言われて焦るけど。僕も聖斗のこと好きだから、大変だと思ったことないかな」
照れくさそうに笑った顔が、すっごく可愛かった。
聞いているこっちのほうがなんだか恥ずかしい。
「今日、帰ってきたらちゃんと話してみるよ。ほんと、迷惑かけてゴメンね」
「いえ。聖斗さん、七月のデートまでにケリつけたいって言ってましたよ」
「…そういう言葉選びが不安なんだよなぁ…」
困った風にため息をつくけど、さっきよりは元気そうに見えた。
そう見えただけでもボクはすっごく安心して、七瀬さんの肩に寄りかかって甘えてみた。
そしたら、七瀬さんも笑ってボクに寄りかかってくれたので、ホントに七瀬さんがお兄ちゃんだったら良いのになぁと心の中で思った。
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