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電子タイプの時計の日付がカチリと音をたてて変わる。
八月三十一日から、九月一日に。
たった数秒で月が変わっただけと言うのに、何となく気持ちが変わる。
でも、日にち薬とは昔の人は上手いこと言っていると思う。
十一年前に比べたら大分気持ちが楽になった。
だけど、日にちが進むにつれてきっとまたおかしくなると思う。
それが怖かった。
九月二十七日はこう太の誕生日だ。
俺は部屋のカレンダーからスマホのスケジュール、果てはこう太の連絡帳に「九月二十七日はこう太の誕生日です」と書いた。(後でこう太に滅茶苦茶怒られた)
なんていうか、すごく気持ちがワクワクする。あれもやりたい、これもやりたいと考えては一人ニヤニヤ笑う。
こう太どころか森崎くんにも気持ち悪いと言われながらも、とりあえず色々計画を練る。
だけど、不意に気持ちが落ち込む時がある。そして、「あぁ来たな」と自分にうんざりする。
九月二十七日はこう太の誕生日であると同時に、恋人の命日だ。
彼女はこう太をこの世に産み落とすのと同時に命を落とした。
誰かの漫画じゃないけど、さよならも言わずに彼女と死別することとなった。
それがきっかけで俺は精神の均衡を崩し、一時期自殺すら考えた。
今じゃ大分落ち着いたけど、毎年九月は気持ちが落ち込む。
酷いときは十月、十一月ぐらいまで引きずることもあるんだけど、ここ近年は大丈夫だった。
だから今年も大丈夫だと思い、たい。
「いや、大丈夫だって。こう太の誕生日祝うんだから」
楽しみだ、と自分に言い聞かせながらも、こう太に一応このことを言っておかなきゃな、とため息をついた。
*
九月に入ってから、お父さんの調子があんまり良くない。
前もってお父さんから「九月は俺おかしくなるからな」と言われていたから、どんな風になるのかと不安に思っていたんだけど。
相変わらず毎日だらしなくて、パンツ一丁でウロウロしていて、隙あらばお酒ばっかりのんで、部屋汚くするしで。毎日ボクは怒ってばかりだ。
しかも、そんなにアトリエ行かないから「なんで?」って聞くと。
「今月はこう太の誕生日強化月間だからな。あんまり仕事入れないでもらったんだぜ」
と、ドヤ顔で言うもんだから、ボクは頭を引っぱたいて「働け!」と怒った。
心配して損したなぁとか考えていたんだけど。
学校から帰ってくると、一人でボンヤリしているお父さんを見ることが多くなった。
壁に寄りかかっていたり項垂れていたりと、いつも同じ格好じゃないんだけど、その顔が何だか寂しそうで見ていて辛くなる。
それでもボクが帰ってきたとわかると、笑顔でおかえりと言ってくれる。
たまに、チョイチョイっと手招きしてボクをそのまま呼び寄せると、膝の上に乗せてギューッと抱きしめてくる。
たいてい何にも言わないんだけど、たまに「父ちゃん、めんどくさくてゴメンなぁ」と謝る。
こんな時どうしたらいいのかわからない。
学校の授業で教えてくれたらいいのに。
今日の道徳だって、なんかビデオみて「友達は大切にしましょうね」、とかいう内容で、そんなの言われなくてもわかっているのに。
保険体育なんて、なんか赤ちゃんのつくり方がどうとかで、今ひとつわからない。
好きな人を慰めてあげる方法なんて、教えてくれない。
ボクの誕生日は、お母さんの命日でもある。
それは理代子おばさんの家にいた頃から聞いていたことで、毎年誕生日にはお仏壇にお線香をあげる。
「あの子はキリスト教圏の子なんだけどね」と理代子おばさんが苦笑いしたのをよく覚えている。
ボクは毎年、ただボンヤリと「元気にしています」ぐらいしか思わないでお祈りする。
そしてお父さんと暮らし始めた今年、九月に入っても「お線香どうするのかな」ぐらいしか思っていないかった。
だけど、お父さんは違う。
お母さんの命日が近づくに連れて、悲しくなって、落ち込んでしまう。
「これでも昔よりは大分マシになったんだぜ」
とお父さんは笑うけど、やっぱり寂しそうにしている。
お母さんのことを大好きだったんだな、っていうのがよくわかって、何とか慰めたいと思うんだけど。
心のどこかでお母さんに嫉妬してしまう。
自分でも親不孝だと思う。
だから、その分お父さんに優しくしてあげようとボクもお父さんを抱きしめてあげる。
でも、ボクには抱きしめてあげることしかできない。
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