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七瀬くんは俺の顔をみるなり目を見開いて固まる。
そりゃそうだよな。俺も鏡みてビビったもん。
「どどどどうしたんですか?そのほっぺ?」
「あー、うん。転んでさ」
華田に殴られた左頬は赤く腫れ上がって、ちょっと動かすと痛い。
しかも、殴られた衝撃でフローリングに倒れたもんだから、肘とか背中とかあちこちが痛い。
でも、いくら落ち込んでたからって無責任なことを言ったんだ。殴られても当然だ。
七瀬くんにお粥を頼んだらすぐに作ってくれた。俺は料理なんかできないから、すごくありがたい。
小さな土鍋に入ったお粥はうまそうなんだけど、相変わらず食欲はなかった。
「本当に僕行かなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。むしろ、迷惑かけてごめんな」
「迷惑なんてそんな…。あ、そうだ聖斗今コンビニ行っているんで何か買ってこさせますか?飲み物とか、ゼリーとか」
「あー…うん、助かるよ。金後で払うから」
聖斗の名前にいつかの言葉を思い出す。
「襲って嫌われたらすっぱり諦めきれるだろ」と。
あの子を襲ってしまい、あの子に嫌われた。
だけど、諦めきれないでいる。
あの子が、好きな気持ちは微塵も揺るいでいない。
心の中には未だにあの子に一番好かれていたいと思っている自分がいる。
「あの、石川さんも大丈夫ですか?顔色すごく悪いですよ?」
「あ…あぁ。ごめんな、俺は平気だよ」
お粥が冷める前に隣の家を後にすると、自分の家へと戻った。
家の中は相変わらず静かで、重苦しかった。
*
なんだか大事になっているんじゃないか。
ボクは布団の中で何度も寝返りをうって、ずっとそればかりを考えていた。
お父さんはボクがお父さんのことを嫌いになったと思っているのかな。この家にいたくないと思っているのかな。
そんなこと、これっぽっちも考えていないのに。
ボクがこの間から拗ねているのは、ボクにあんなことしたのにそれでもお母さんに勝てていないからであって、お父さんを大嫌いになったわけじゃないのに。
朝泣いちゃったのも、大声出されたのなんかが初めてで驚いただけなのに。
そりゃ、いきなりあんなことされて怖かったし、痛くて気持ち悪かったけど。
でも、クラスの女の子が話していた「両思い」になって、恋人同士になったらあんなことするんだよね。
ちゅーをたくさんして、え、エッチなことをして。
保健体育で先生が「好きな人と行う行為です」って言っていたもん。
またあんな風に無理やりされるのは絶対イヤだけど、抱きしめられて好きって言われたい。
「…お父さんのこと好きだもん」
だから、ちゃんと伝えなきゃ。
お父さんと、両思いになりたい。
「こう太、起きてるか?」
コンビニの袋を下げたお父さんが部屋に入ってきた。上半身を起こすと、お父さんのほっぺたが赤く腫れていて驚いた。やっぱり、さっきの大きな音は垓くんのお父さんに殴られた音だったんだ。
驚いているボクを見て、お父さんはちょっとだけ口元をあげた。
だけど、いつもののうてんきな感じじゃなくて、どこか辛そうな顔だった。
「横になってろよ。今、七瀬くんのお粥あっためてるからな」
「…いい」
「薬飲めねぇだろ。あぁ、それかゼリーとかの方がいいか?聖斗すげーいっぱい買ってきたんだけど」
そう言って笑いながらコンビニの袋から次々にゼリーを取り出していった。
そのお父さんの腕を、そっと掴んだ。
お父さんが不思議そうにボクの顔を見る。
「あのね…ボク、怒ってないよ」
「…え?」
「怖くて、痛くて、辛かったけど、嫌いになってないよ」
お父さんの目が信じられないっていう感じで見開いていく。
腕を掴むボクの手に、空いている方の掌がそっと重ねられた。
「こう太それ、本当か?」
「本当だよ。ボクは、お父さんが一番好きだよ」
クシャってお父さんの顔が歪んだ。
なんだか泣きそうなのを必死にこらえているような顔で、初めて見る顔だった。
お父さんはボクの手を取ると、額に当てるように両手で握った。
「酷いことして…ごめんな、こう太」
ボクは首を横に振った。
安心してもらえるように、頑張って笑顔を作ったんだけど、あんまりうまくいかなかった。
そんなボクの顔をみたかと思ったら、お父さんがいきなり立ち上がってそのまま部屋から出ていってしまった。
そのあとをついていこうとベットから起きて部屋から出ようとしたら。
お父さんが廊下に座り込んで泣いていた。
*
震える手でスマホを取り出すと、履歴から華田に電話をかける。
何コールかすると、不機嫌そうな声で「なんだよ」と電話に出てくれた。
「…こう太が」
『!何かあったのか?』
「俺のこと…好きだって…」
しばらく沈黙があってから、華田のため息が聞こえてきた。
それから呆れた口調で「んなことで電話すんな」って窘められる。
だけど。
『もっと自信もてよ。お前はお前なりに「良い父親」やってんだろ』
ついさっきの鬼の形相からは想像できないような穏やかな口調に、ますます涙腺がゆるむ。
何度も指の先で涙をぬぐって電話口だけど鼻をすする。
「でも、俺、お前や保村みたいに立派じゃねぇし」
『だけど、そんなお前でもこう太は「好き」って言ってくれたんだろ?』
「言ってくれた…」
そう、あんな酷いことをしたというのにこう太はまた笑顔を向けてくれた。
嫌いになって俺を拒絶したっていいのに、好きだと言ってくれた。
それが嬉しくて嬉しくてたまらない。
「…俺、もっと良い父親になる。絶対」
電話の向こうで華田が「頑張れよ」と言ってくれた。
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