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デートの誘いは計画的に 東條×千晴
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こんなに緊張した記憶はない。
産まれてから何度も様々な出来事に遭遇してきたが、このような恐怖とも似つかない感情は初めてだった。
怖いと言えばそれまでだが、他にもまだ混ざり合った色が存在している。暖かくて考えるだけで心が癒されるような。説明が難しいがつまり、東條はとてつもなく悩んでいた。頭を抱えて机に伏せたい気持ちを堪え息を吐き出す。
「どうすりゃいいんだ..…….」
途方に暮れた声を出し、ちらりと机に置かれた紙に目を向ける。
映画館の割引チケットだ。最新のアクション映画のものだった。知り合いがどこからか入手して彼に渡してくれたのが経路だった。その知り合いは映画を見ない性格なので東條へ回って来たと言う流れだ。
東條も映画はあまり好まないが、貰ったものを捨てるのは気が引ける。赤松と甲斐田あたりに押し付けてしまおうかと考えた。不必要なものは基本的に赤松に投げ捨てることにしていた。
だがウタにはその呟きが聞こえていたようで、激しく首を振られた。
「もったいないよー!捨てちゃうとか!めっ!」
「だが俺はこんなのは見ないんだ。おまえみるか?」
「んーん!ウタは見ないけどお兄ちゃんと一緒にいってきたらいいじゃない!」
「は?」
ウタが言った言葉の意味が分からず飴が口から落ちそうになる。慌てて押し戻し、眉間にシワを寄せる。
「お兄ちゃんって誰のことだ」
「あのかわいいお兄ちゃんとだよ!」
あのかわいいお兄ちゃん。ウタがそう呼ぶ相手は一人に限られている。うちの組長が溺愛している弟の顔を思い浮かべた。胸の中にもやもやしたまどろっこしい照れが浮かんだ。もちろんそれは気取られないように表面はしっかりと取り繕う。
「こんなおっさんと一緒に行くとか嫌がるだろ」
などと気のない素振りをしながらも内心満更でもない自分がむかつく。いつの間にか握りしめていた拳から力を抜き、東條は空を仰いだ。
そして今ひとりでチケット二枚の前で右往左往している。
誘うといい単純な行為すらできない意気地のなさに失望どころの騒ぎではない。女々しい男は嫌いだが、まさか自分が嫌いなタイプの人間だとは思いたくもなかった。
内側から体が震える。敵対しているヤクザの本拠地に単独で乗り込んだ時よりも体がすくんだ。いっそ刀を持った組長である菊次と対峙したほうがまだ気が楽だ。
「待ってても何もおこらねえか」
命の削り合いとはまた違った緊張感を振り払うため、自分に言い聞かせる。
やっと千晴の元を訪れる決心がついた東條はチケットを握り締めてポケットにねじ込んだ。
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