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次の日、浅海はいつも通り出勤した。顔の腫れは退いてきたものの、未だに残っているのでマスクで覆って隠すことにした。
他の教師たちからは大丈夫ですか、と声をかけられた。大丈夫だと言う反面、心の中では弱音を吐いてしまいたい自分がいた。しかし、佐和田のことを話すわけにもいかないし、何より男としてのプライドが許さなかった。弱っている自分を見せるのは瀬世だけだ。
浅海は一日休んだおかげで午前中は前と変わらずに教壇に立つことが出来た。しかし、午後には五組――佐和田がいるクラス――の授業が入っていた。
非常に気が重いが授業なので仕方がない。授業中の接触なんてあまりない。授業が終わり次第逃げれば問題ないだろう。
クラスの扉を開けると、相変わらず佐和田の席の周りに女子生徒がたむろっていた。佐和田はいつも通りの張り付けた笑みを浮かべて愛想を振り撒いていた。
でも目は笑ってない……――
綺麗な笑顔にすっかり隠れた冷えきった目。浅海はあの日のことが脳裏に過った瞬間目を反らした。
あの目は魔術をかけてくる。こちらの身体を一瞬にして硬直させてくるのだ。見続けると膝は震え腰を抜かしてしまいそうなほどに強力な魔術。
チャイムが鳴ると、それを機に女子生徒たちは自分たちの席に戻っていく。
「授業始めるぞー。教科書は165ページを開けて――」
チョークを持ち黒板にさらさらと達筆な文字を書いていく。字が読みやすいと、授業内容と共に生徒には評判である。
調子良く進めていると、
「――……ッ!?」
背中にぞわぞわした感覚がまとわりついた。
知っている。これはあの喰ってやろうって視線だ。振り向かなくてもわかるのだ。だって――自分のこの"傷痕"が痛んでしょうがないんだから。
これは佐和田がつけた"枷"だ。"首輪"だ。佐和田の所有物という証だ。従順に従わないといけない呪いだ。そして、狂気に満ちた男の一途な愛の結果だった。
それでも震える手で浅海はチョークを滑らせる。
おかしくはないか? ちゃんと平常は保っているか? ――
例え佐和田にこの動揺が気づかれようとも、他の生徒たちには気づかれてはならない。教育者は生徒たちに心配をかけては極力ならない。自立した大人を見せなければならない。常に見られている、そういう意識がなければ務まらない。
「えーと、じゃあ……佐和田、166ページの二行目から立って読んで」
浅海はあえて佐和田を指名した。あの視線を自分から教科書の文字に移して欲しかった。
佐和田はにんまり笑うと、立ち上がってあのヴィオラのような美しい声で朗読を始めた。
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