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萩谷 英治(はぎや えいじ)。38歳の元高校教師。父親は10年前に脳梗塞により他界、母親は2年前から重い認知症を患い施設暮らし。兄弟は1人、上に兄を持っており、現在はフランスでプログラミングの仕事をしている。母親の施設代は現在その兄が払っているらしい。
幼い頃から大人しく、人見知りで引っ込み思案、しかしとても優しく素直で、人から好かれる性格だった萩谷は、すぐ近所に住んでいた門井と気づいた時から友達だったという。萩谷の家まで走っていき、玄関の外から遊びのお誘いをするのが門井の日課だった。
中学校に入り、萩谷は勉強、門井はスポーツにおいて才能を開花させる。萩谷は学年でもトップの成績を収めるようになり、門井がエースとして率いる野球チームは全国大会にも出場するようになった。まさに対極の道を行く2人だったが、それでも仲がいいのは変わらなかった。
大学こそ別れたものの、小さな頃からの縁が切れることはなく、親交は続いたままだった。萩谷は高校の教師となり、門井は警察官になった。共に成功を喜びあい、お互いの健闘を祈って仕事に取り組んだ。2人とも順調な毎日だった。
やがて萩谷が結婚した。大恋愛の末、自分の担当したクラスの生徒とやっと結婚できたのだ。門井はその背中を押したということもあって、2人の結婚を喜んだ。互いに愛し合うよい夫婦だったという。そのうちに娘も生まれ、家族の生活はさらに豊かになった。
一方、門井も結婚し、穏やかな夫婦生活を営んでいた。妻は不妊症で、中々子供ができなかったが、そんな幸せもあると2人は満足しているはずだった。「俺の結末はお前も知ってる通りだ」。門井は皮肉げに笑ってそう呟いた。
妻と娘と、幸せな暮らしを続けていた萩谷の暮らしが一転したのは4年前の春、何の変わりもない、日常の中だった。
仕事を終えて家に帰りつくと、いつもいる妻と娘が家にいなかった。少し前に買い物に行くと連絡を受けていた萩谷は疑うこともなく、着替えを済ませて、ずっと2人の帰りを待っていた。
萩谷に2人が交通事故に遭い、亡くなったと連絡が来たのは、次の日の朝だった。
「あいつ、妻と娘がいなくなったって言うだろ、多分あの時のせいだ。いつまでも帰ってこないって、まだ思い込んでるんだよ」
「もう2人とも死んでることはあいつも知ってるはずなのにな」。話を切った門井は眉を寄せてそう呟いた。
「トラックとの衝突で運転席はぐちゃぐちゃで、娘は外に放り出されてたらしい。2人とも即死だったそうだ」
原因はトラックのよそ見運転だったという。本宮はやり切れない気持ちで俯いた。
「……そのせいで、あんなふうになってしまったんですね」
「他にも原因はあったがな……。何よりも、あいつにはそばにいてくれる人がいなかった。溜め込みやすい性格だから、全部抱え込んで頭が破裂したんだろうよ」
そう言って笑う門井だが、その表情は暗く、辛そうに見える。
「……仕事を理由にして、俺はあいつを独りにさせた。電話もメールも繋がらなくなってから会いに行っても、そりゃ遅いよな。その時にはもう、あんな感じで、死にかけだった」
ため息を吐き、門井は車を停める。いつの間にか目的の店に着いていたらしい。外には人の行き交う音が響いていた。門井は無理に元気な声を上げる。
「久しぶりに会ったのに、こんな話してちゃ俺も嫌われるよな。奢ってやるから俺の愚痴も忘れてくれよ」
「……いえ、そんなことはありません」
自分が知りたいと思っていたことだ。本宮は首を振った。
「俺も、手伝います。何か、手伝わせてください」
本宮の口から出た言葉は門井の予想からかなり外れていたらしい。驚きに固まった顔でしばらく本宮を眺めていたが、真面目な本宮の顔に負けて吹き出した。
「俺は別にいいし、どうせあいつも嫌とは言えないだろうけど、お前は本当にそんなこと言っていいのか? 相手はアル中の気が狂ったおっさんだぞ? 若いお前が絡むような奴じゃない」
真剣な本宮の顔を覗き込むように門井は言う。おどけたような表情に対して、本宮はどこまでも真面目だった。
「門井さんより俺の方が近場に住んでいますし、見回りもよくしに行くので、そのついでに寄ることぐらいできます。掃除も好きだし、何かと暇だったりしますし……」
「いや、でもさ……」
「門井さんの都合がつかない時もあるでしょうから、その時だけでも代わりに行きます。まだ気持ちも不安定だろうし、俺は初対面でもないし、いつでも門井さんに連絡できますし……」
「あー分かった分かった、そんなことまでしなくていいんだよ。ちょっと行って生きてるかどうかさえ確認してくれたら、それだけでいいから」
「いえ、それだけじゃ駄目です。俺も手伝います」
前のめりな本宮に、門井は苦笑していた。何度「本気か?」と確認しても本宮がこくこくと頷くので、最後には諦めたらしい。根負けした様子で本宮の提案を認めてくれた。
なぜこうもムキになったのか、店に入って酒を飲んでいる間も門井は聞かなかった。本宮自身もよく分かっていないことを、門井も知っていたように見えた。
酒の入っていない萩谷はまともに話すこともできるらしい。その時にでも謝ろう。あんな顔をさせてしまった理由も聞きながら。
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