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人工的な光が反射し、レンズの向こうの目が見えなくなる。男はしばらくじっと萩谷を眺めていたが、不意に笑みを漏らして、固まった萩谷の頬を緩く叩いた。
「あなた寝すぎ。腹空いてそうだったのに風呂から出たらすぐに寝ちゃうんだもん、まぁ俺の家に何もなかったのがいけなかったんだけど」
未だ理解が追いついていない萩谷を置いて、見知らぬ男は笑いながらリビングに歩いていく。ビニール袋から取り出したものを電子レンジに入れてから、再び固まったままの萩谷の元へ落ち着いた様子で戻ってきた。
「酒抜けた? まだそんなに時間経ってないけど、その様子じゃ少しは落ち着いたかな……それよりも俺のことが怖くて喋られないの?」
怖くないはずがないだろ、知らない部屋で手と足を拘束されて、知らない男に名前まで知られているんだから。頭の中ではそう叫んでいたが、実際に口に出すことはなかった。無言のまま自分を見つめる萩谷を、男は面白そうに眺めていた。
「とりあえず腹減ってるでしょ? コンビニついでに行ってきたから、一緒に食べよう。手は外してあげられないから、食べさせてあげるよ」
にっこりと笑みを浮かべてどこか満足げにそう言った男は、テレビを乗せていた低いタンスの引き出しからカッターを取り出し、萩谷の座るソファーに立てかけていたダンボールを解体し始める。中身はなにかの部品らしく、男が取り出した説明書を見てそれが簡単なイスの部品であることが分かった。
男が部品を袋から取り出している間に、ちん、と軽い音が聞こえてくる。用心のためなのか、男はカッターを持ったままキッチンに行き、プラスチック容器のふたを外しながら戻ってくると、温まったオムライスを萩谷の前に置いた。
「何が好きなのか分からなかったけど」。そんなことを言いながら、男はデミグラスソースのかかったオムライスにスプーンを突き立て、器用に一口大に掬いとってから萩谷の口元に差し出してくる。
手が拘束されている今、こうしてもらわないと食べられないことは分かっているのだが、だからと言って顔も名前も知らない男の手から何かを食べさせてもらおうと言う気にはなれなかった。口を開ける気配のない萩谷を見て、男は萩谷の唇ににオムライスを押し付けてくる。その熱に思わず顔を歪めた。
「食べないの?」
至極不思議そうに聞きながらじっと萩谷を見つめてくる茶色の目を、萩谷も恐る恐る見返した。
よく見ると、男の髪は濡れているようだった。外は雨でも降り出したのだろうか、それにしては服は乾いているようだ。
沈黙が数秒流れ、男は呆れたようにため息を吐き出す。
「……警戒心が強いね。まぁいいよ、自分で勝手に食べて」
オムライスの一欠片を器に戻してスプーンをテーブルに置くと、男は再びイスの組み立てに取りかかった。手馴れた様子で組み立てていくと、すぐにイスは完成し、ダンボールや袋も手早く片付けていく。
そのイスは何のためのものなのか、聞く勇気もなく、萩谷は一連の男の動きを眺めていた。カッターが再び手の届かないタンスの中に仕舞われるのを微かに残念に思う。あれであの男を襲えるはずがないのは重々承知しているが、なにかの希望になるのではないかと一瞬でも思ってしまったものが遠のくと気分が落ち込んだ。
キッチンからコップに入った水とゼリーを手に男は戻ってきて、コップを萩谷の前に置き、自分はゼリーのキャップを外して床に座った。どうやらそれが彼の食事らしい。一口中身を吸い込んでから頬杖をつき、萩谷の顔を眺めて口を開く。
「まだ食べないの?」
「……」
「今ならちゃんと食べさせてあげるよ。もうだいぶ冷えてると思うし」
無言を貫く萩谷に、男は再びため息をつく。
「その様子だと忘れたみたいだね? 俺が道で吐いて死にそうになってたあなたを見つけて、ここまで連れてきて、風呂にまで入れてあげたのに」
「……っ」
「半分寝てるみたいな感じだったから、無理もないのかもしれないけど」
目を見開いた萩谷を見て、男は軽く笑った。少しは頭にあったことだったが、その事実を突きつけられるとやはり動揺してしまった。急に恥ずかしく感じ、萩谷は俯いてしまう。
「あはは、顔赤くなってるよ。だって吐いたので俺の家汚されたくなかったんだもん、ちゃんとあなたにも了解は取ったんだから怒らないでよ、英治さん」
英治さん。男の口から自分の名前が出てくるのはとことん気持ちが悪かった。顔を下に向けたまま、目をきつく閉じる。恥ずかしさと恐ろしさで顔がどんどん熱くなってくる。
「……それじゃ、この話も忘れたかな」
男はそんな萩谷の様子も気にしないで話を続けていく。何も知らない、そういうように萩谷は頭を振った。
「仕方ないね」。男は愉快そうに笑い、また一口ゼリーを飲み込んだ。
「じゃあもう1回、一から話してあげるよ」
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