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男は変わらない調子で話を続ける。
「俺が英治さんを見つけた時は何か吐いた後みたいで、うとうとしてたからそのままじゃ危ないと思って声かけてみたんだよ。そしたら急に叫び出してびっくりしたよ。しかも人を殺したって言うんだから」
大げさに言う男だったが、その話に関しては萩谷が驚くことはなかった。自分が混乱した時によく口に出してしまう話のパターンだ。何度も門井に注意されるが、意識して止められるのならとっくの昔に止められていただろう。酔っ払いの話をまもとに取り合う奴はいなかったのが幸いだ。
「驚かないってことは、本当のことなの?」
「……」
「だったら良かった」
何が。そう問いかけようと顔を上げると、頬杖をついたまま、男は穏やかな笑みを浮かべていた。
「俺も人を殺したんだ」
「……え」
「だから、仲間だね」
萩谷の顔を見て、男は愉快そうに笑った。いたずらが成功した子どものような表情で、無邪気ともとれる軽い調子で告白を続ける。
「と言っても俺が子どもの頃だけど。俺の父親の会社が潰れて、借金まみれになった時に闇金に手出したら取り立てが凄くてね。親父はそのままいなくなるし母さんは泣いてばっかでどうにもならなかった。取り立てが家の中まで入ってこられた時に思わず頭殴ったらそいつ死んじゃったんだ。血が吹き出してやばいなって思った時には動かなくなってた」
平然と語る男は腕を軽く振ってみせる。目に付いた置物で頭部を殴り続けたらしい。その当時男は中学生だったそうだ。
「母さんが真っ青になって死体を隠そうって言ったんだ。だから2人でそいつの体のこぎりとかでバラバラにして山に捨てに行った。あれから結構経つけどあんまりテレビでも話題にならなかったし、警察にもバレなかったみたいだけど」
「母さんは何年か前にがんで死んじゃったんだけどね」と、付け加えるように呟くと、男は萩谷を伺うように目線をあげる。
「英治さんが、人を殺したから警察に行かなきゃいけない、捕まえてほしいって言うから久しぶりに思い出したんだ。何だか親近感湧いてお世話しようと思ったんだよ」
それは全部自分の過剰意識が作り出した妄想で、人を殺したことなんてない。そんなことはもう言い出せなかった。萩谷は言葉に詰まったまま、人を殺したという若い男を見つめていた。こんなことを聞いた自分も殺されるのだろうか。非現実的な思考が頭に渦巻く。
「別に英治さんを殺す気はないよ。わざわざ秘密を教えてすぐに殺すなんて変なことしない」
萩谷の表情から読み取ったのだろうか、男はからからと笑った。「本当に顔に出やすい人だな」と茶色の目をじっとりと萩谷の顔に向ける。
「そんな不安そうな顔しないでいいから。話が終わって英治さんがちゃんと俺の話を聞いてくれるんだったら手も足も自由にしてあげるよ」
「……」
どうやらまだ話には続きがあるらしい。立ち上がった男は部屋から出て、何かを手にすぐ戻ってきた。テーブルに並べたのは萩谷の携帯に財布、家の鍵、指輪と一枚のくたびれた写真。
「……っ!」
「これ奥さんと子どもさん? 美人でいいね」
後ろに縛られたままの左手の薬指を右手で探る。確かにそこには指輪がなかった。どんなタイミングでもこの男は萩谷から指輪を外すことができるのだから、今の状況が不思議ではないことは分かる。気づかなかった自分に歯噛みしながら、男が弄る指輪をじっと見つめた。
「財布に家族写真入れるなんて今どき珍しいぐらいの家族愛だね。普通ならスマホで済ませるはずだし、ロック画面にも同じような写真なのに」
萩谷の視線に気づいた男は、指輪をつまんで萩谷に見せつけるようにしながら、形のいい唇をいじわるそうに釣り上げる。
「これ、なくなったら困るよね?」
「……っ!?」
「俺との約束、破ったら英治さんの持ち物全部捨ててしまうってことが前提条件」
一気に体が熱くなった。思わず体が前のめりになり、ソファーから立ち上がる。怒鳴り散らしたかったが、無闇に動いてはいけないと微かに残った理性が警告を鳴らした。急激な喉の乾きを感じた。
「焦らないで。俺と約束守ってもらえたら全部無事に返すから」
「……止めてくれ、それだけには……手を出さないで……」
やっと喉から絞り出したのは、自分でも呆れるほどか細い声だった。よろよろとソファーに座り込んだ萩谷を見ながら、男は笑って頷いた。
「簡単だよ。英治さんには俺が満足するまでここにいて欲しいだけ。外に出ずに警察に連絡もせずにね。食事も俺が買ってくるし、服も英治さん用のを買ってくるよ。風呂もベッドも好きに使っていいことにするから。そうしたらこれ全部返してあげる。……もし約束を破ったらこれ全部捨てて俺が英治さんのこと警察に通報する、ってことで」
ここにいる。食事も服も、風呂もベッドも好きにしていいらしい。ここにいるだけで、もういなくなってしまった家族の思い出を取り返せる。
悲しいことに職も何も持たない身だ。家に帰らないからと言って不都合になることは何一つない。萩谷はすぐに男の提案に頷いた。
男は萩谷の返事に満足したように微笑んだ。
「それじゃ、よろしくね。英治さん」
男はすぐに萩谷の手首と足首を縛っていた結束バンドを切った。萩谷は自由になった手で抑えていた食欲に従い、冷めてしまったオムライスをかきこんだ。
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