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散々運動していた萩谷は、志野の料理を意外と早く食べ終えた。不摂生を極めていた萩谷にしてみれば、食事というものをちゃんととるだけで健康的で普通の生活のように感じられた。
皿を片付けると、志野は萩谷の携帯を渡してきた。訝しげに志野から携帯を受け取ると、液晶画面に標示されるメッセージや着信履歴の数に目を見張る。それはほとんどが門井からのもので、それらは目を通している最中にも段々増えていった。
今日の夕方、門井は萩谷の家に行くも人の気配がなく、あれから1度も家に帰っていないことを知って心配になり、今も必死に探し回っているらしい。頼むから連絡をくれ、そんなメッセージに萩谷は罪悪感を覚える。
「流石に可哀想になってさ。英治さんの友だち?」
「……あぁ」
「すごい人だよね、どこに行ったかも分からない友だちのこと今までずっと探し回ってるんだから」
全部お前のせいなんだぞ。そんな意味を込めた一瞥も志野には通じない。微笑んだまま、流れてくる門井のメッセージを萩谷の肩越しに眺めている。
「ほら、早く返してあげないと可哀想だよ」
「……」
「あぁ、いくら友だちだからって言って俺に部屋に閉じ込められてるって言っちゃ駄目だよ。英治さんは親戚の家にでも泊まってるってことにしてさ」
萩谷の親戚は全員遠方に住んでいるし、なにより萩谷を面倒くさがって近づいてきたりはしない。門井はそれを知って萩谷の世話をしてくれるようになったのだ。そんなことを言えば門井はすぐに萩谷が嘘をついていることに気づくだろう。でもだからと言って、萩谷が志野に閉じ込められていることには気づけない。
萩谷は志野の言葉に従って、親戚の元に行っているということにした。心配はしなくていい、流石に親戚に心配されて気分転換に向かっている、と簡単で抽象的なメッセージを送る。門井のことだ、今はどこにいるだとかどこの親戚だとか、すぐに戻れと言われるのだろうと覚悟していた萩谷は、しばらく間が空いて届いたメッセージを見て息が詰まった。
それは一言だけ、分かった、と言うメッセージだった。門井は萩谷の嘘に納得してしまったようで、もうメッセージを受信した通知は鳴らなくなっていた。静かになった携帯を志野も黙ったまま見つめていた。
「意外に早く諦めたね。騙されやすい人なの?」
「……」
「まぁ俺にしてみたら好都合だよ。またこの人から連絡来たら英治さんに渡してあげるからね」
志野は簡単に萩谷の手から携帯を取ってしまう。それに抵抗する考えも浮かばなかった。
なんだか、とうとう門井にも見放されてしまった気がした。今まで迷惑だけをかけてきたのだから、こうなって当たり前なのだが、誰よりも最後までそばにいてくれると信じていた存在がいなくなってしまったのかと思うと、不安で仕方がなくなった。門井はもう自分を探さない。それとも、あれが萩谷の嘘だと気づいていないだけだろうか。いや、それはありえない。それだけはありえないことだ。
ぼんやりと目線をさまよわせる萩谷に、志野は不思議そうにしながら近づいてくる。そっと肩に手を置かれ、びくりと志野を振り返った。
レンズの向こうの茶色の目は、じっと萩谷の様子を眺めて、優しく細められた。志野の手がゆっくりと萩谷の肩から動き、頭を撫でてそっと頬に触れてくる。
「もう眠たいかな? ……そりゃあれだけ動いてもの食べたら眠くなるよね。シャワーならすぐに出るけど、どうせなら湯船でゆっくりしたいだろうし、少し待ってて。昨日みたいに寝ちゃだめだよ」
まるで子どもに言い聞かせるように優しい声色だ。志野はそうささやくと、いそいそとリビングを出ていった。体は汗くさいし、眠くなっていたのも事実だった。
また自分から1人、離れていってしまった。萩谷はゆっくりと体を丸めてソファーに沈みこんだ。もういい、こうなったら独りの方がいい。誰かに言い訳をするように頭の中で呟く。
しかし、せめて門井には最後に散々怒って欲しかった。みんなのように、赤の他人のように、静かに離れて行って欲しくはなかった。
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