アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
学園もの(6)
-
2人は何をしにここに来たんだろう。ユキのところに行きたいのに、リリツにがっつり捕まえられてて、声をかけることもできない。
「マオくん、大きな穴が開いてるね。これは?」
ユキの声が聞こえてくる。
「…人間界につながる穴。お前の見たいものが見られるぞ」
マオに促され、ユキがおそるおそる穴をのぞいている。
「見えるか?」
「見える…。あくまさんがご飯つくってる。長い間会ってないし、僕のこと、もう忘れちゃったのかなあ…」
「この世界と人間界は時間の流れる速さが違う。お前がここに来てから、人間界では2、3日しか経ってないはずだ」
「そうなんだー!じゃあ僕のこんな姿見たら、あくまさんびっくりしちゃうね!早くあくまさんを呼んでよ」
「…誰が呼ぶか」
「えっ?」
マオはユキを睨んでいる。
「お前はこの穴から、人間界に帰れ」
「……」
ユキはしばらく無言でマオを見つめていたが、やがてふっと笑った。
「君は魔王になりたいの?」
「…は?」
ユキが変だ。いつもの優しくてにこにこしてるユキじゃない…気がする。
「僕が魔王の後継者だって、誰かに聞いたんでしょ?僕がいなければ、自分が魔王になるはずなのにって、思った?」
「おっ、お前…」
「ごめんね!魔王なんて別に興味ないけどさ、僕は悪魔にならなくちゃいけないんだ。それに、僕がいなくなっても、マオくんが魔王になれるわけじゃないと思うよ?」
ユキの言葉を聞いた途端、マオはユキの肩を掴み、穴の淵まで追い詰めた。
「やっぱりな」
僕の隣でリリツが呟いた。
「やっぱりってなんのこと?」
「ユキが魔王になるって知ったらさ、きっと何かするだろうと思ってたんだよ。マオが魔王を意識してるの、見え見えだからな」
「…え?」
思わずリリツを見ると、上機嫌な顔をしている。
「もしかしてこれ全部、リリツが仕組んだの?リリツがマオに、後継者のことを話したの?いくらユキのこと嫌いだからって、ここまで…?」
「お前ってほんと…」
リリツは何かを言いかけてやめた。
「ユキも嫌いだけど、お前のことはもっと嫌いだよ」
「別にいいもん。リリツにどう思われたって。それより、2人を止めてよ!危ないよ」
「知るか」
「リリツ!」
ユキは今にも穴に落ちてしまいそうだ。なのに全く抵抗しようとしない。
「ねえマオくん?ここに落ちたら、人間界に行けるの?」
ユキは普段の口調に戻っている。
「僕、戻ってもいいよ?小学生に変身できるようになったし」
「小学生?」
「僕は小学生になるためにこの世界に来たんだ。だからもう目的は達成してるんだよね」
「…お前は、この世界にはいらない」
「いいよいいよ。お友達もできて楽しかったけど、そんなにマオくんが傷ついてるなら、帰ってあげる。あくまさんにも会いたいし!」
あくまさんって、誰のことだろう。
…それより、ユキとマオを止めなくちゃ。このままじゃユキがいなくなっちゃう。
「ユキ!」
生まれて初めてってくらいの大声を出して、ユキを呼んだ。
「…サイム?」
ユキがきょろきょろしている。
行かなきゃ。僕が行かなきゃ!
「ユキーー!」
「あ、待て!行くな!」
僕はこれ以上ないくらい意識を集中させた。そして完全なるメロンパンに変身すると、リリツの腕をすりぬけころころとユキの前まで転がっていった。
「ユキ、行っちゃだめ」
ユキの目の前で悪魔の姿に戻ると、後ろから追いかけてきたリリツにすぐに捕まってしまった。
「ユキがどんな子なのか、どんな事情があるのか、僕には全然わかってなかったんだね。それはすごくショックだけど、でも、行かないで」
ユキに手を伸ばそうとするけど、リリツに押さえつけられている。
「サイム、無事でよかったよ。いきなり教室を飛び出して、びっくりしたけど。タカネくん、すごく心配してたよ?」
こんな状況なのに、ユキは僕のことを気遣ってくれてる。やっぱりユキは優しい。
「ごめんねサイム。僕、人間界に帰るよ。サイムが立派な悪魔になったら、また会おうね」
「その穴に落ちたら、ユキは小学生にはなれないよ!」
「…え?」
ユキはきょとんとしている。
理由はよくわからないけど、小学生になることがユキにとって一番大事なことなんだろう。
「その穴に落ちたら、悪魔は人間になってしまうんだ!悪魔じゃなくなったら、変身する力も失われる。だから、行かないで」
「それはただの噂だろ。落ちたいなら勝手に落ちればいいんだよ」
リリツがイライラした様子で僕をつかむ力を強くした。
「マオ、落とせ。そいつが邪魔なんだろ?」
マオはユキの胸ぐらをつかみ、また一歩穴に近づいた。ついにユキの片足が地面につかなくなった。
その時、ユキがマオの手首を掴んだ。
「待って。ちょっと、待って」
「…待たない」
「僕、僕、小学生にならなくちゃ」
ユキが焦っている。こんな様子のユキ、初めて見た。
「お前を、消す…」
マオがユキをぐっと押した瞬間、穴の向こう岸から強い風が吹いてきて、僕たちは全員穴から遠ざかるように倒れた。
「あー、やれやれ。手のかかる子たちだな」
どこか聞き覚えのある声がする。風のなかうっすら目を開けると、穴の向こう岸には魔王が立っていた。
「魔王様?!どうしてここに…」
僕が声をあげると、風が止み、魔王がすっとこちら側に来た。
「お、お父さん…」
マオの表情が固まっている。
「お父さん…あの、これは…」
「正式に紹介してなかったか。マオ、この子は俺の次に魔王になるユキだ」
「え……」
マオは言葉が出てこないのか、固まったままだ。
「だからね、いくらマオでもこんなことされたら困るわけ。今後はユキには手を出すなよ?」
「は…い……」
「それから、ユキ」
「なあに?」
魔王はユキの頭の上に手を置いた。
「人間が悪魔になるためには、人間の時の記憶は全て消去しないといけないんだ。ユキのお試し期間は終わり。今から君の寿命と記憶を奪うから、今後は正式に、悪魔として魔王として、よろしくやってくれ」
「えっ?待っ」
魔王の手が強く光ったかと思うと、一瞬でユキが倒れた。そして魔王はユキの頭の中にずぶずぶと手を差し込むと、ほんのり青く光る物体を取り出し、どこかから取り出した瓶の中にしまった。
僕とリリツは呆然とその様子を見守っている。すると魔王は次にそんな僕らに向き直った。
「可愛い可愛い子どもたち。君らは色々見すぎてしまったね」
どうしよう。怖い。僕、殺されちゃう?
震えている僕の手を、リリツがぎゅっと握った。
「残念だけど、お別れだ」
魔王が僕とリリツに手をかざすと、体が宙に浮いた。
僕らの体はふわふわと空中を移動し、穴の上で止まった。
「元気でやるんだよ、サイム、リリツ」
魔王様、僕たちの名前知ってたんだ。
そんなどうでもいいことを考えながら、僕たちは穴の中へ落ちていった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
28 / 93