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サポートミュージシャン -7-
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木田が持田の家に連れ込まれていた頃、自室で音楽誌を眺めていた櫻井の携帯に、室井から連絡がかかってきた。
木田と室井の交際の件で集まった際に、何かの時のためにお互いのマネージャーにも連絡先を交換していたのだが、その何かと思うと櫻井はあまりいい気持ちがしなかった。
「……はい?」
『もしもし、室井です。櫻井さん、今ギダユーと一緒にいる?』
「木田ですか?今日はもう家に送った後ですが」
『そっか。ギダユーはどうも出かけてるみたいだけど、電話にも出ないんだ』
「え?」
飲みに行くかもしれないというのは大方予想していた。連絡が付かないとなると、どこかで酔いつぶれているのかもしれない。
それも木田にとっては珍しいことではないのだが、今は持田のことがあるので櫻井の動揺はいつもよりも大きかった。
「えーと、室井さん今どちらにおられます?木田の方から地方にいると伺ったのですが」
『俺は今帰ってきたところだよ。日帰りで帰れる日程だったんだ』
「そうですか。木田はそのことは存じてますか?」
『ギダユーには朝言ったよ、ただ朝は少し塞いでたから、もしかしたら聞こえていなかったかもしれない』
「あー、はい」
一緒に暮らす男のスケジュールくらいちゃんと聞いておけと内心悪態を付きたかったが、どうやら当の本人に電話をするのは無駄なようだ。
「すいません、もしかしたら飲みに出た先で潰れてるかもしれないので、一緒に飲んでそうな人間のところ、手当たり次第連絡してみます」
『櫻井さんにそこまでしてもらわなくても大丈夫だよ。俺は木田が櫻井さんといるかどうか、確認がしたかっただけだから』
電話で会話してみると、この人の回りくどい喋り方はテンポが狂うなと、櫻井は肩をいからせ始めた。
「そう言われましても明日の仕事もありますし、こちらで管理しているアーティストですので」
『そうか、ギダユーも迷惑ばかりかけてるようじゃいけないな』
「まぁ、いつものことなんでね。失礼します」
櫻井は通話を切ると「あんたも昨日朝帰りしてたところだろ」とぼやきながら、真っ先に持田の連絡先に電話をかけた。
少し経って留守番電話サービスに接続されると、舌打ちを打って壁際にかけたスーツを手に取った。
木田だって男だし、それなりの抵抗はできるだろうが、トラウマの一つも作られると長いこと引きずる男だ。
持田の家に行って、木田がいなければそれでいい。櫻井はスーツに着替え急ぎ車を走らせた。
* * *
持田が住んでいるはずのアパートの前、櫻井は車を降りて手帳に控えたアパート名と建物の名前を照らし合わせ、部屋番号を確認してチャイムを押した。
20秒ほど待機して、留守かと思った頃に玄関が開いた。
出てきた持田はいつもの飄々とした雰囲気はなく、ふてくされて疲れたような顔で出てきた。
「あー、こんばんは。木田さんですか」
櫻井が聞く前に、持田の方から求めていたことを聞いてきた。
「っ……」
「って!」
彼の口からその名前が出た瞬間、櫻井は持田を付き飛ばして部屋へと乗り込んでいた。半分開いた引き戸の向こうで足が見える。
「おい木田!」
横になった木田は下こそ衣服の乱れはないが、上はシャツのボタンが全部開けられ、右肩の方なんかはほとんど脱げている。
「ボタン外した以上のことは何もしてませんよ」
肩を押さえながら入ってきた持田の声に反応して、櫻井はキッとそちらを向いた。
「木田さんプロレス好きなんですか?逆に俺が散々技かけられて締められました。満足したらすぐ寝ちゃったし、それだけです」
「…………」
櫻井は数秒持田を睨んでいたが、やがて木田の方に向き直り、「おい、帰るぞ」と揺り起した。
「ん~……?」
眠そうな声をあげるだけで目を開けられない木田に「室井さんが家で待ってるから」と声をかけると、薄く目を開いた。
「けんじ……?」
「そう、健嗣さん」
木田は何度かコクコクと頷いた後、櫻井の支えを借りてユラリと立ちあがった。
「帰ってきてんだ」
持田の呟いた言葉に、櫻井も木田も特に反応は見せなかった。
櫻井は木田に靴を履かせて後部座席まで運び、「ボタン閉めとけ」と声をかけ扉を閉めた。
木田は一応頷いたが、シートに凭れるとそのまますぐに眠りに就いた。
櫻井はすぐには車に乗らず、もう一度持田の部屋の前まで引き返した。
「あれ、あとなにか?」
少し段になっている玄関を上がったところで億劫そうに目を細め、持田は櫻井を見下ろしている。
櫻井はその前でフーっと息を吐いたが、唐突に持田の胸ぐらを掴み、持田が抵抗する間もなく床へと押し倒した。
「あいつが覚えてなくても、俺は今日のことを覚えてる」
持田の上に馬乗りになった櫻井は、血走った目を見開き、呼吸を荒々しく震わせていた。
「2度と木田に近づくな……次なにかあれば、てめぇの職もタマもぶっ潰すぞ」
持田は無表情に櫻井のことを見据えていたが、体の震えは櫻井にも伝わっていた。
しばらくして掴んでいた手を離し、櫻井は室井の番号を呼び出しながら、ツカツカと車へ戻った。
『もしもし、室井です』
「櫻井です。木田の回収完了しましたんで、これから帰しますね」
『本当に?よくこんなすぐに見つけられたね』
「まぁ……大体見当は付いていたんでね。では、またあとで」
櫻井が運転席に乗り込み、扉を閉じると同時に通話を切った。
「木田」
「ん……」
「てめぇもいつもいつも潰れるまで飲むんじゃねえっつってんだろ!いい加減にしねえと24時間仕事からプライベートまで全部こっちで管理すんぞ!!」
「うおっ!?」
突然櫻井が怒鳴り始めて木田もパッチリと目を見開いた。
「お前は本当危なっかしいんだよ、今日も室井さんに心配かけてんだぞ」
「ん、ご、ごめん」
「家まで送るから、それまでに服ちゃんと着とけ」
「うん、うん」
櫻井は車を発車させる。持田の部屋の扉が閉められる様子も、人が動いている気配もない。
舌打ちをひとつしながらも、いそいそとボタンを閉め始める木田の姿をルームミラー越しに眺め、櫻井はホッと顔を綻ばせた。
* * *
室井のマンション前まで行くと、玄関の前でスウェット姿の室井が待っていた。
「ギダユー、おかえり」
「あー」
車から出てきた木田は千鳥足でも両腕を広げて室井に向かって歩き、崩れ込むように室井に抱きついた。室井は片手で木田の背中をポンポンと叩きながら、櫻井に向かって頭を下げた。
「櫻井さんもありがとう」
「いえ、いいんですけど、あなたたち今、外にいますからね……それちょっと……」
櫻井の言葉で室井は木田に離れるように促した。
「本当にヒヤヒヤさせられましたよ、今回は」
「そんなに酷く潰れてたんだ?今はいつもどおりの酔っ払いなのにね」
「そうですね。……いつも通りで、何よりです」
室井は言葉の意味を計りかねた様子で櫻井を見つめたが、櫻井が少し微笑むと真面目な顔で頷いた。
「おやすみなさい、櫻井さん」
「おやすみなさい」
「おやすみー……」
櫻井は2人の姿を、入口の奥に見えるエレベーターの扉が閉まるまで見送った。
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