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少し空を見上げれば、あれだけ視界いっぱいに咲いていた鮮やかな桜色は今では青々とした緑色に変わっている。空は相変わらず雲一つなく真っ青に透き通っており、太陽の光が葉を照らしてキラキラと輝いている。眩しさに目を細めて視線を足元に移せば、散った桜の花びらがカーペットのように地面に敷き詰められていた。
新学期が始まって約1ヶ月。いつの間にか5月が始まっていた。
(眠…)
学校への通学路を一人欠伸を噛み殺しながら壮馬は歩いていた。今日は、恋人である慎吾も友人である涼もいない。何故ならば、二人は朝練に参加しているからである。3人の中で唯一帰宅部である壮馬は、今月から登下校は一人きりである。先月は新入部員勧誘やら体験入部期間やらでいつもよりも部活の終了時間が早くなっていた為、少し壮馬が待っていれば一緒に帰宅する事が出来た。だが、5月となれば本格的に部活は始動し始めるのだ。
慎吾と涼は、2年生ながらどちらも副主将という役割を担っている。慎吾から聞いた時は別段それほど驚かなかったのだが、涼から聞いた時は心底驚いたものだ。昼休憩の時に慎吾と声を揃えて驚けば、「お前ら俺をバカにしてんだろ!?」と若干半泣きで涼は嘆いていた。
「残り1周ぅー!おら、足止めんな動かせ!」
裏門に近づくにつれ、聞きなれた声がして視線を上げる。裏門にはジャージ姿に首からストップウォッチを下げた涼が立っていた。壮馬達が通う学校には正門と裏門の2つの門があり、登下校の際はどちらの門も使用していいのだが、運動部が外周を走る為裏門を使用する事が多いため、自然と生徒達は登下校は正門を使うようになっている。通学路的に壮馬は一度裏門を通り過ぎ、ぐるりと回り込むように正門に向かう。
壮馬の姿に気づいた涼が「よっ」と片手をひらりと振り、壮馬もそれに振り返した。
「やってるねぇ、練習」
「インハイ予選始まるからな。しっかり練習しねぇと1回戦負けとかあるしな」
涼の隣に立って外周を走る新入部員を眺める。夏と冬に開催される全国大会。全国にある高校の頂点を決める大会だ。壮馬達が通う学校は、一度も全国には出場したことはないのだが、県大会では最高ベスト4まで上り詰めた過去があるらしい。
「そーいや、空手部は朝早くからすげぇ人だったぞ」
「え、そんなに新入部員入ったのか?」
「いんや、そうじゃなくて」
そんな話聞いたかなと首を傾げた壮馬に、涼は苦笑しながら首を横に振る。
「…あぁ、ギャラリーね」
一瞬だけ思考を巡らせて口にすれば、大正解とばかりに涼は大きく頷いた。
(…これは、すげぇな)
涼と別れて何となく空手部が練習している稽古場へと足を運べば、女子生徒の群れがキャーキャーと騒いでいた。ネクタイの色は三学年全て揃ってあり、上級生下級生問わずそこに集まっていることが一目瞭然である。
群れの隙間から中の様子を伺う。以前までは、この光景もいつものことでただ通り過ぎていただけなのだが、今は慎吾は自分の恋人である。
真剣な表情で練習をしている恋人の姿を見たいという欲求はあって当然だろう。
「おぉ゛いっ!」
その時だった。稽古場からそんな声が聞こえたのは。鬼気迫るような声にビクリと何人かが肩を震わせる。次に、畳に足を踏みしめる音と道着が擦れる音。
「やめい!」
審判らしき生徒が止めに入り、赤のグローブをつけた部員の方に手を上げる。どうやら、組手を行っていたようで勝利したのは赤のグローブを付けた者らしい。顔は面をつけていてよく分からなかったが、顔は見えずとも正体はすぐに分かった。
「すごい…!やっぱりシンゴくんのストレート勝ち!」
「速すぎて見えなかったぁ。シンゴくんってすごい!」
女子達がキャーキャーと騒いでいるのを聞き、あの赤のグローブを付けているのは慎吾だということが分かる。
「…!」
「!」
ふと、面越しに慎吾と目が合った。面の奥に隠された色素の薄い瞳が嬉しそうに細められているのが分かる。
「こっち見た!」
「慎吾くーん!」
慎吾がこちらを見たことにより、女子生徒がより一層騒がしくなった。あっという間に目の前に壁が出来てしまい、外野へと追い出されてしまう。もう少しだけ慎吾の練習姿を見ていたかったのだが、女ほど怖いものはない。壮馬は服についた埃を軽く払うと、教室へと足を運んだ。
※
「そーま」
「って」
長い長い現代文の授業が終わり、力尽きたように机に突っ伏している壮馬の後頭部を誰かが軽く叩いた。顔を上げれば、慎吾がプリントの束を手に「はよ」と小さく笑う。
「はい、これ頼まれてた数学のプリント。今日の昼に返してくれればいいから」
「うわ〜、マジ助かった。サンキュ!これで次の数学最強だわ」
「他人の力を利用するだなんてサイテーだと思うわー」
「うっせ、今日は自分が当てられないからって調子にのんな。涼」
差し出されたプリントを受け取ると、余裕の笑みを浮かべる涼が野次を入れる。壮馬達のクラスの次の授業は数学であり、その担当教師は毎日出席番号順に必ず一人当てるのだ。その順番が今日、壮馬である。しかも運の悪い事に、予告された問題は応用問題であり、自力で解けなかった壮馬は慎吾へと助けを求めたのだ。
「そーいえば、慎吾のクラスってもう校外学習の班決め終わったか?」
ぎゃいぎゃいと壮馬と騒いでいた涼が唐突に話を変えた。二人のやり取りをただ傍観していただけの慎吾は、不意に振られた話題に少し戸惑うも、「終わったよ」といつもの調子で答えた。
「校外学習って…あぁ、山登ってバーベキューするやつか」
「そ。来週のやつ」
そういえば、そんな話があった気がすると壮馬はココ最近の記憶を辿る。最近、慎吾の事で色々とあった為か学校行事の事なぞこれっぽっちも頭の中に入っていなかった。薄らと覚えてる情報を引っ張りだせば、慎吾が頷く。
「やっぱ他のクラスはもう決めてるかぁ。うちのクラスも早く決めてほしいよな」
「まーうちのクラスだけまだってなるとな」
「だよなぁ。あ、壮馬。班決めの時は一緒に組もうぜ」
「え?あ、あぁ。別にいいけど」
「おっしゃ。俺ボッチ回避」
小さくガッツポーズをしてみせる涼に壮馬は「大袈裟だな」と苦笑する。顔が広い涼ならば、ボッチの可能性なんて限りなく低いだろう。それを口にして同意するように慎吾へと視線を向ける。
「…うん、涼ならボッチはないんじゃない?」
(…あれ?)
一瞬、ほんの一瞬だけ、慎吾の表情が怒っているように見えた。だが涼はそれに気づいてる様子もなく、ごく普通に慎吾と会話している。
「じゃ、俺は教室戻るよ。プリント、昼には返せよ壮馬」
「お、おう。任せろ」
ひらりと片手を上げて自分のクラスへと戻る慎吾の後ろ姿を見送る。今の一瞬だけ見えたあの表情は、もしかして気のせいなのだろうか。
「壮馬ぁ?どうした?」
「え、や。なんでもない」
涼に呼ばれて壮馬は考えを振り払った。だが、後にそれは気のせいではないことを壮馬は思い知る。
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