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2人が帰ってから、しばらくは。
黒崎が質問をしてきたり、それぞれ問題を解いたりしていたのだけれど。
「…………綺羅さ、なんか、悩んでる?」
黒崎くんの、その言葉に、ピタリと手が止まった。
そのまま視線をあげると、黒崎くんのまっすぐな瞳と、目があって。
「……なんか、勉強会始まったくらいから、たまに心ここに在らずって感じだからさ。言いたくなかったら、良いんだけど、もし良かったら、話、聞くよ?」
やわらかい声でそういってから、優しく目を細めた。
……勉強会の、初日から。
ずっと、頭の片隅にある、もの。
勉強に集中することで、心を落ち着けようとして。
けれど、やっぱりふとした瞬間、もやもやしてしまう。
先生と、一緒にいても。
先生が、"先生"であることそのものが、どうしても、"将来"を彷彿とさせて。
先生にも、"学生"の時代があったのだと、そんな当たり前のことを考えさせられた。
ぐるぐるとまわる不安のなかで、その優しい目を見てしまえば、その言葉は、自然に溢れた。
『将来のこと、黒崎くんは、もうきまってるんだよね?』
"俺には心に決めた道があるから"
会話の中で、たしかにそう言っていた。
「あーー……。なるほどね……。それで、悩んでたの?」
コクリとひとつ頷けば、黒崎くんは、苦笑した。
「綺羅は、ほんとに真面目だなぁ。まぁ、そんなところも…………いいところだと、思うけど」
一度、不自然に空いた隙間は、たぶん、言葉を選んでいて。
生まれかけた気まずさを無理矢理壊すみたいに、黒崎くんはことさらに明るく笑った。
「将来さ、俺、サッカー選手になりたいんだよね。」
さっかーせんしゅ。
口の中で呟けば、黒崎くんはひとつ頷く。
「昔から、サッカーが好きでさ。このまま、できるだけ長い間関わりたいなって、それだけ。だから、綺羅みたいに深刻に考えて出した結論じゃないよ」
好きだから、それを続けていく。
それはまさしく、今の延長線上にある未来で。
…………そっか、そんな考え方もあったんだ。
「"将来"なんていったらさ、漠然としてて、難しいけどさ。そこにとらわれなくても、"今"の結果としての"将来"って、俺は考えてるんだよね」
いまの、けっか。
『そんなふうに、考えたことなかった。ありがとう』
なんだか少し、楽になった気がした。
「どういたしまして。参考になったなら、よかった。
数学の、お礼だから、気にしないで」
そういって、僕に伸びてきた手は。
けれど、髪に触れる寸前で、ピタリと止まった。
「…………"お弁当の人"には、相談した?」
そう問いかける目は、静かで、おだやか、だった。
ふるふると首を振る。
「相談してみたら、いいんじゃない?
たぶん、俺と話すよりずっと、参考になるんじゃないかな」
それに、多分それが、"正しい"よ。
その言葉は、僕たち以外いない教室に、妙にひびいた、きがした。
そう言い終わると、少しだけ切なそうに笑って、黒崎くんは、上げたままになっていた手を下ろした。
「……そろそろ、帰ろうか」
その言葉に、ふと時計をみれば、丁度いつも帰る時間帯だった。
帰り道、やっぱりぼくと黒崎くんの間には、少しだけ、距離があって。
でもそれは、もしかしたら、黒崎くんの言う"正しい"ことで。
黒崎くんの、優しさだったのかもしれないと、ぼんやりそう思った。
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