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75.(side.神田)
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後悔先に立たず。
昔の人は、よく言ったものだと思う。
戻りたい。
昔に、戻りたかった。
綺羅とぼくの間に、"愛"があったころに。
それが、"家族愛"だと、そう思っていられたころに。
ただ隣に座って、お互いの特別でいられること、ほれがどれだけすごいことで、幸せなことだったのか。
今になって、痛感する。
けれど、取りこぼした、"特別"が、戻ってくることなんて、なくて。
…………現実は、物語みたいに、必ずしもすくいがあるわけじゃない。
どんどん開いていく距離は、とどまるところをしらない。
開いた距離の分、この気持ちが冷めてくれればいいのに。
むしろ。
開いた距離のぶん、気持ちは、つみかさなっていく。
顔を見るだけで、幸せで。
けれどその顔が、他のところにむいていると、自分でも恐ろしいくらいに、その相手のことが、うらめしい。
ーーーー他の人を、愛すればいい?
けれど、ぼくの世界はいつだって、勉強と、綺羅だけで構成されていて。
他に手を伸ばすこと、関心を向けることすら、むずかしかった。
くるしい。
ぼくといても、その瞳が、彼女しかうつさないことも。
ぼくと彼が、むすばれる確率が、ゼロだということも。
すべてが、くるしい。
そうして、逃げるように仕事に打ち込んで。
ぼくに残されたのは、空っぽな笑顔と、苦しさと、それと反比例するみたいに、輝かしいキャリアで。
いつだって、周りはぼくを褒め称えたけれど。
ぼくは、そんな、褒められるような人間じゃない。
たった1人の、愛しい人から、愛されることすらできない。
愛しい人の、幸せを心から願うことさえ、できない。
ーーーー唯一残っている、愛おしい人からもらった、名前の由来でさえ、実行できない。
からっぽ。
いつだって、ぼくの世界は息苦しかった。
いっそ、息を止めてしまおうかと思うほどに。
でも、無理だった。
くるしいのに、それでも、一緒にいたくて。
どうやったって、"綺羅の特別"をあきらめられない、自分がいた。
いろんなことを、試した。
他の人に興味を持とうとした。
"もう綺羅の特別じゃない"ことを、自分にきざみつけるために、"ユウ"ではなく、"綺羅"と呼ぶようになった。
…………綺羅の、嫌いなところを探そうと、した。
でも、だめだった。
なにをしても、どうやっても、愛しくて、好きで、たまらない。
こんなに、醜くて、ぐちゃぐちゃの想いなのに、捨てきれないんだ。
いつまでも、綺羅の笑顔が、愛が、言葉が。
記憶にこびりついて、はなれない。
そのどれもが、どんな景色よりも、人よりも、言葉よりも、ずっとずっと綺麗で。
脳裏で輝き続けるそれが、消えてくれないんだ。
もう、ぼくは疲れ切っていた。
そして、ある日。
ふいに、本当に、ふいに。
おもいついて、しまった。
"ちがう特別"になればいいんじゃないかって。
それは、今の、"友人"という、その関係すら壊してしまうことになるけれど。
それでも、いいとおもった。
そんな、生ぬるいものより。
ーーーーーー"特別"がほしくて、仕方がなかった。
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