アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
Chantilly flower* 08
-
土日のMa Priéreバイトと言うのは、貴重な体験が良くできる。
平日の学校に行っている間にはやらない作業ができることもそうなんだけど。
なんといっても!師匠であるあの綾人さんの1日の挙動を始終観察ができるのだ!
弟子としても1人の人間としてもこんな美味しい事ないんじゃないだろうか。
いや、これは半分ヨコシマか。
とにかく、学校なんて本当は早く辞めてパティシエ修行を積みたい私にとっては休日祝日のMa Priéreバイトほど楽しいものはない。
そして件の土曜日だ。
今日は志摩の、大切な試合の日。
健闘を祈りながらもそれでも休日は稼ぎ時だ!
私も今日はお店のオープン時間からがっつりと働きます。
でも綾人さんは朝7時からケーキ作りのため厨房に立っていて、それを見学したいのもあって早めに来てちょっとだけお手伝いとかをしてる。
帰りも上がる時間無視してだいたい閉店まで居ちゃう。
朝から晩までほぼ1人で作って売ってをやっている綾人さんの動きを観察するのは本当に勉強になる。
綾人さんは1つ1つの行動が丁寧なのにとても素早い上、さらに要領が凄ーく良いからほぼ1人でも運営出来てるんだなっておもう。
混ぜる、伸ばす、塗る、切る、焼く。無駄な動きは殆どない。
手先も器用だし過程を頭の中で計算してるからなんだろうなぁ。
今日はどんな技が拝めるかな。
わくわくしながら仕事に入った。
ん、だけど、ね。
「千花ちゃん、もしかして今日の店長さんはどこか具合でも悪いのかねぇ」
「いやー、…うーん。どーなんですかねー?」
何時もの様にお店のイートインスペースでフィナンシェとシュークリームをお上品にフォークで召し上がる梅おばあちゃん。
その視線はさっきからうちの店長、綾人さんに注がれている。
梅おばあちゃんの言葉に思わず苦笑いをこぼした。
いやいや、その挙動はいつも通り、なのだけど。
普通なんだけど、普通じゃないというか。
ミスはないのにミスしてるというか。
流石ミスの仕方も大人というか。
あ、また。
綾人さんはお客さまの注文をメモとって、ショーケースからケーキを出すんだけど、出してトレイに置いてから違うケーキを出してたみたいでまたショーケースに戻したり。
箱を組み立てるところまでいって箱のサイズ違いに気付いて戻したり。
一番凄いのがミスしてるんだかしてないんだかわからないくらいナチュラルに軌道修正してるのよね。綾人さんってば。
だからパッと見普通にお仕事してるんだけど毎日見てる私や梅おばあちゃんにとっては普段無駄なく動いてる分違和感満載だ。
なのに致命的なミスをしないというあたりがプロだ。
普通なのに普通じゃない。とはまさにこの事だ。
なんというか…。
ミスに動じない冷静な行動がいかに大事かが、今日のパティシエへの道の収穫かも。
でもなんだか本当に考え事しながらお仕事してるって感じ。
「綾人さん、なにか気にしてることがあるのかもしれません」
ちょっと大分意外すぎて驚きだけど、志摩の事とか…?
この前のホテルのメニュー提供はもう終わったし、昨日までは普通だったし。
もしかしてもしかしたら志摩の大会を気にしてるのかな。
「そうかい。店長さんもまだ若いんだから悩みも多いだろうねえ。
……あたしはねぇ、店長さんはもうちょっとわがままに生きても、良いんじゃないかと思うんだよ」
優しい優しい梅おばあちゃんの言葉。
もうちょっとわがままに、かぁ。
そうだよなぁ。
あ、そうだ。
「綾人さん!」
「どうしたの?千花ちゃん」
お客さまに商品を渡して見送った綾人さんに声をかける。ちょうど良く一波去ったとこだろう。
拳をキュッと握って訴えた。
「私、Ma Priéreでバイト始めてもう一年になります 」
「ああ、そうだね。本当に助かってるよ。いつもありがとう」
「はい、そこでお願いがあります!」
「ん、なんだい?」
「私を、昇格させてくれませんか?!」
「……え?」
同時に、梅おばあちゃんがおやまぁ、という声をあげたのを聞いた。
「今日半日、私にお店番を任せてみてくれませんか?!」
綾人さんは目をぱちくりとさせる。
そして私は紙切れを一枚綾人さんに差し出した。
「今日の分のケーキはもう殆ど焼きあがってますし後は仕上げと販売だけです。ならちょっと混雑しても私1人できっとできます!なので、その間綾人さんはここにでも行ってみてもらえませんか?」
その紙切れには、大会が行われている武道館の行き方が書いてあった。
受け取った綾人さんも、そのことに気づいたみたいだ。
とても驚いた顔をしている。
「千花ちゃん。……いや、でもだめだ。今日土曜日だし」
「ステップアップしたいんです!!…私を育てるためだと思って、お願いします!」
ずいっと身を乗り出す。
紙切れと私を交互に見る。
「だめ、でしょうか?」
自分でも、なんでこんなに一所懸命になってるのかわからない。
でも、綾人さんの中に少しでも志摩が特別として存在するならその気持ちに向かって自由になって欲しい。
これはいつもいつもお客さんのために頑張り続けてる綾人さんに、私ができる小さなこと。
「千花ちゃん」
「はい」
「もしなにかトラブルがあったら、必ず電話できる?」
「…………はいっ!!!」
「必ずだよ?」
「はいっ!絶対に無茶はしません!」
前のめりになる姿勢。
綾人さんはそんな私の目をしばらくじっと見てから、ふう、と肩の力を抜いた。
それから手元にある紙をじっと見つめる。
「千花ちゃん」
「はい?」
「…ありがとう」
少し子供みたいに、はにかんで笑う。
そんな綾人さんの顔は初めてみた。
お仕事上の表情しか知らなかった。
なんでこんなに嬉しいのかわからないけど、嬉しかった。
そっか。
やっぱり綾人さんも、志摩の事…。
「なるべく、早く帰ってくるからね」
サロンを外しながら言う綾人さんに敬礼して見せて笑うと、綾人さんも敬礼を返してくれた。
じゃあ、行ってきます、という綾人さんの背中を見送った。
「おやおや、青春なのかねぇ?」
一人残されて頑張ろう!と拳を握ると声を掛けられた。
振り向くととても嬉しそうな顔をした梅おばあちゃんがこちらを見てた。
「梅おばあちゃん!…ねえおばあちゃん、まだ蕾の花は、いつ咲くかなぁ?」
「きっともーすぐだよ」
うん、そうだね。
それから二人して顔を見合わせて笑ったのだった。
.
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
8 / 15