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37話「泣いた」
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春っぽい匂い。
夜の静けさ。
自分の熱い体温と、肩に乗った冷たい手。
ドキンドキンと聞こえそうな心臓の音を抑えて。
多分、涙を溜めた目で、千田を見下ろした。
「あの、」
「・・・」
「ごめん、」
「何で謝んだよ・・」
苦笑しながら、千田は俺を見上げる。
俺はグッと、拳を握った。
「俺・・・千田が、好き・・です」
「・・・え?」
真っ直ぐ千田を見て言った。
真っ直ぐ、ちゃんと。
「・・・」
「っ・・」
それでも千田は、すごくすごく。
傷ついたような顔をしていた。
「あ・・の、ごめん、気持ち悪いよな。あの、男同士だし」
「・・・」
「気持ち悪いと思う。分かってる、分かってるんだけど・・・ごめん、もうなんか、黙ってんのも、嫌だなあって、思って」
弁解しているみたいな。
言い訳しているみたいな。
手が震えているなあ、とだけ。
頭の奥の方で考えた。
「でも・・ごめん。本気で好きだ。恋愛対象として、好き。だから、」
「・・・」
「だから・・付き合うとかは、その・・今はいいから・・だから、あの・・」
「・・・」
「ち、千田?」
俯いていた。
いつの間にか、千田が俯いていた。
「・・・」
「千田、ごめん。ほんとにごめん、あの」
「・・め、ん」
「え?」
「俺の、方が・・ごめん、」
「っ・・」
微かに聞こえたそれは、それでもちゃんと聞き取れて。
緊張は消えないまま、今度はその返事に俺は、サッと血の気が引いて行った。
「ごめん、ごめん・・ごめん」
俯いたまま。
ああ、それでも。
泣いているんだと分かった。
「千田?・・え、あの、ど、どした?」
「ごめん・・宮崎、ごめん・・本当に、ごめん」
「いや、あの・・フッてくれていいから!!当たり前だから!!だから、そんな、」
「ごめんッッ!!」
グッと、胸の辺りのシャツを掴まれた。
掴んだその手が俺と同じように震えていて。見下ろしたそこに寄せられた皺が見えた。
「千田?」
何かがおかしい。
「・・・」
「千田、本当に・・いいから、あの」
「ごめん」
顔をあげてくれない。
こっちを見てくれない。
「いや、俺の、方が・・ごめ「俺」・・?」
はあ、と震えた吐息。
苦しそうな呼吸。
「俺、」
何で、泣いてるんだよ。
何で、苦しそうなんだよ。
俺はいいんだってば、最初からわかってるから。
期待なんて、していないんだから。
「千田・・」
なのに何でお前は、泣いてくれてるの?
「俺、人のこと・・誰かのこと・・好きになれないんだ」
え?
「だから・・ごめん。お前のこと、好きに・・なれない」
涙があふれて来た。
「好きに・・なれない?」
「・・・」
「今から、努力しても、だめ?」
「宮崎」
「俺・・ほんとに、お前のこと好きだから・・今はいいから・・だけど、ゆっくり、ちょっとでいいから・・付き合うとか、考えて、ほしいなって・・思ってたんだけど。千田が振り向いてくれるように、努力するから。今は、そういう対象として見れなくても、ゆっくり、」
「そうじゃ、ないんだって」
「え?」
ググ、っと。
シャツを握る手の力が強くなった。
「俺、ぁ・・アセクシャル・・かも、しれなくて」
「・・え?」
(アセクシャルって・・)
一度だけ、父さんから聞いたことがある。
一度だけ。
随分前に、その意味を、教えてもらったことがある。
「・・誰も、好きに・・なれないって、こと?」
アセクシャル。
Aセクシャル。
無性愛。
男女問わず、誰にも。
恋愛感情を抱かない、第三の性。
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