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50話「悩んでいた」
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救馬にラーメンを食べに行こうと言われたが、今日はやめておくと断った。
あの下駄箱で起きたことがショックすぎて。
胸が苦しくて、何も食べる気になれそうなかったから。
家に帰ると、父さんだけが、ソファに寝転がって眠っていた。
静かな夕暮れの雰囲気。
夕焼けが流れ込む窓を眺めて数秒立ち尽くし、すぐに部屋に戻ろうとドアの方を向く。
そこのソファで眠っている父さんは、穏やかな寝息をたてていた。
「・・・」
何となく。足は父さんの方へ向かった。
長く大きなソファにごろり。
父さんの身長では、ソファにすっぽりと収まりきるくらいだ。頬に夕焼けがくっついている。白い肌に映えて綺麗で、今度はそれを眺めた。
ぼんやりと。
「・・・」
「・・また悩んでるね」
「っ、え?」
パチ、と目が開いて、視線が絡む。
起きていたらしい。
にんまりと、眠そうなときに見せる笑顔。
「そうやってすぐ悩む」
「わ・・悪いか」
「悩んで悩んで。迷って迷って。苦しめて、苦しくなって。逃げたくなってすぐに泣く」
「う・・」
ネガティブな俺の思考の巡り方を大体知っているこの人は、そう言っておちょくるみたいに笑いかけて来る。
何だかそわそわした。
居心地が悪く感じて、今すぐにでも、部屋から出て行きたくなった。
「大輝は出会った頃からそうだね」
呆れた、とでも言いたげに。
両手を頭の下に入れて、俺を見上げながら。父さんはふぅ、と小さく息を吐いた。
「俺と似てるね」
「どこが・・父さん悩んでみたことねーよ」
嫌味か。
と付け加えてから、父さんの足を丁寧に畳ませて、ソファに俺も座り込む。
父さんは「よいしょ」と言って起き上がって、眠そうにこっちを眺めていた。
「悩んでるっちゅーねん」
「何を」
「将来、夏生さんとどうしようとか。お前とどうしようとか」
それでも楽しそうに言った。
「それは考えるっていうの。俺は悩んでんの」
「だから、悩んでるって」
「どこがだよ」
「見て分からんの」
「分からない」
呆れるくらいにへらへらとしている。
泣いて、怒って、笑って。この人はなっちゃんと違って、本当に色々な表情がある。感情を表にもろに出して、人生を生きている。
「将来、夏生さんは俺といていいのかなって、ずーっと悩んでるよ」
「ぁ・・・」
真剣な、それでも穏やかな声だった。
「女同士だからね。結婚なんかできねーし。正直、男同士なら突っ込めるけど、女同士だからセックスだって突っ込めないし。子どもを作れる訳じゃねえし、俺の仕事的に、あの人を経済的に支えるなんて無理だし」
「・・・」
「だから、どうしようかなーって。そんで、俺がいて、大輝は困らないかな、とか。大輝は俺のせいで、何か嫌になったりしてないかなー、とか」
「いやになんかなってないし、困ってねえよ!?」
「ああ、顔見てればわかるから平気。その辺は、だからまあ、聞け」
「ああ・・うん」
目の前のテーブルの上にあったコップを取って、父さんは中身の麦茶を喉に流し込む。
ゴク、と。緊張してるみたいな喉の音が響いて聞こえた。
「ん・・だからな。俺も悩んでんの」
「・・・」
「大輝は、また例の子のことを悩んでるわけ?」
カーテンが引かれている窓から、オレンジ色の淡い光が父さんの目にキラリと反射された。
「うん」
「へえ。お前も大変だね」
「他人行儀だなぁ・・」
はあ、と溜息を吐いた。
「・・・俺と夏生さんてさ」
「ん?」
「普段な、家以外で会ったりとか、全然ないんだ」
「え?」
踏み込まないでいたそういう2人の部分の話題が急に出て来て、びっくりして父さんの方を向く。
「仕事忙しいっていうのもあるけど、連絡もほとんど取らない。俺が来たい日にここにきて、飯つくって。大輝が帰って来て、夏生さんが帰って来て。一緒に飯食って、大輝が寝て。夏生さんと少し話して、そんで寝る」
「・・・」
「キスも、セックスも、ハグも。何も無い日がほとんど」
「え・・」
「何もしない。話すだけ。ちょっとしたボディタッチも、何もなし」
何故だろう。
それでも父さんは機嫌良さそうに話していた。
「父さんは、それでいいの?」
「出会った頃からこんなもんだから、別に」
「い、意外・・」
「そう?でも、そういうもんだと思うけどなあ、恋人関係なんて」
トン、と背もたれに寄りかかる。
「高校の時はさ、俺もね、女の子だったから。男と付き合って、毎日手繋いで帰ったり、学校で隠れてチューしたり、ハグしたり。一緒に遊びに行って、お揃いのもの買って、2人で写真撮って、とか。色々やったよ」
「・・・」
「でもやってる内にすぐ飽きて、今度はそれが気持ち悪くなって来た」
嫌な話しなんだろうか。
だったら何で父さんは笑うんだろう。
「そっから女の人と付き合うようになった。でも、付き合った人とはそこまでべたべたというか、そういうのはしなくなったんだ。そしたらね、長続きするようになった。それで、そっちの方がいいなって思うようになった」
「何で?」
「ありのまま。可愛い子ぶったり、ハイ私は彼女!みたいにしたり、恋人同士!みたいにしたりするより、自然体で、お互いの日常に無理なく入り込めてる気がして。そっちの方が気楽だったし、疲れないから」
へらりと笑う。
「だからね、今はこれでいいんだと、毎度悩んでから思い直すんだ」
ああ、だったら今父さんは、俺とこうしていたり、なっちゃんと絶妙な距離感でいたりするのが本当に好きなんだと唐突に思った。
そして、今、この瞬間も。俺といることに無理しないでいるんだと思った。
そう考えると、嬉しい。
ときたまに考えるから。父さんは俺がいて邪魔じゃないのかとか、なっちゃんに面倒がられてないかとか。
「大輝」
「?」
「お前はその子とどうしたい?どうしたかった?」
わしわし、と頭を撫でられた。
父さんは髪をくしゃくしゃにしながら俺の頭をよく撫でる。
「・・・」
手は、いっつも暖かい。
ああ、そういえば。
千田の手は、とても冷たかった。
「・・わからん」
「おう、そうか」
あの手はとても、冷たいのだ。
「わからんけど・・アイツは、手が冷たい」
「ほお」
「・・あと、俺と似てる」
「ふん」
「あと・・一人暮らしで、ちょっと寂しそうで・・よく笑って、よく喋って・・あんまり食べなくて」
「うん」
「・・そんで、」
苦しそうだ。
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